ペガサスでレースをする異世界に転生してしまったようです。

秋乃晃

第1話

「ありゃあ……こいつは“土”だぁな……」


 白梅のおなかから出てきた仔を見て、牧場主のヨーキーおじさんはそうつぶやいた。とても残念そうな表情を浮かべている。


 私がこちらの世界――ブラマンジェ帝国に転生し、ヨーキーおじさんに育てられて十七年経過した。


 その“土”が何を意味しているかぐらいはわかる。


「で、でも、この仔のお父さんって、あのホワイトバランスでしょう?」


 ホワイトバランス。競馬ならぬ競=ペガサスレースの歴史の中で、七頭しかいない三冠ペガサスのうちの一頭。昨年亡くなっているので、今年生まれてくる仔たちが最後の世代ラストクロップになる。


「そうじゃけども、これじゃあ、売り物にならんよ」


 生まれてきた仔は“土”のような毛色をしていた。


 この世界のペガサスは――というか、元いた世界にペガサスはいなかったけども――みんな、白い。帝国の主産業は畜産業であり、白いペガサスを育てて各国に輸出している。


 白いペガサスはいろんな国や地域の王族や貴族たちに大人気であり、ペガサスレースはペガサスたちの『速さ』や『美しさ』をアピールする場でもある。馬と同じく、ペガサスもまたその『速さ』や『美しさ』が遺伝するものと考えられていて、ペガサスレースで優秀な成績をおさめたペガサスの仔たちは高値で取引される。


 だから、三冠――三歳時に出走できる三つのレースで優勝し、その世代のトップに君臨する――ペガサスのホワイトバランスの仔は、生まれる前から将来を有望視されていた。現に、ホワイトバランス産駒たちは短距離から長距離までオールラウンダーに活躍している。


 この“土”と呼ばれた仔も例外ではない。ヨーキーおじさんはこの仔が生まれてくる日を心待ちにしていたのだ。


 私もそう。


「私、ジョッキーになる」


 この仔が助かる道は、レースに出て、勝つことしかない。


 このままでは文字通り“土”にされてしまう。白いペガサス以外には価値がない。価値がないので、せめて“土”に還す。


 残酷だが、この世界ではそうなのだ。


「お前がか?」


 ヨーキーおじさんの細い目がいっそう細くなった。


 私の元いた世界で騎手になるには、確か、競馬学校に通わなくてはいけなくて、身長や体重に制限があった気がする。馬にかかる負担を考えれば、小柄なほうがいいものね。


 ブラマンジェ帝国では、年に一度の試験に合格して免許を取得すれば誰でもジョッキーになれる。この試験を受けられるのが十五歳になってからなので、早い人は学校を卒業してすぐにジョッキーとしての活動を始めていた。


 現在のトップジョッキーは第七王子のクルトだ。……私の学生時代に同級生だった男で、私が“転生者”であると知ってからは何かとちょっかいをかけてきたのでよく覚えている。学校を卒業してからすぐに免許を取得してジョッキーとなった早い人のタイプ。


 第七王子とはいえ王族だから、優秀なペガサスを回してもらっているんだろうな。そうでもなければ、三年目でトップジョッキーになれるわけがないもの。


「ええ。この仔を、お父さんみたいな三冠ペガサスにしてみせる」


 ヨーキーおじさんの仕事を手伝いながらの二度目の人生。これまでに何度も出産の瞬間に立ち会ってきた。


 この仔はな気がする。

 もちろん、色だけではなくてね。


「そうか……」


 三冠ペガサスを育てた牧場は、帝国中、いや、世界中から注目される。私は、ヨーキーおじさんがこの牧場を畳もうか畳むまいかで悩んでいるのを知っているんだからね。


「悪い話じゃないでしょう?」


 茶色い仔はお母さんの白梅に寄り添っている。自分が生きるか死ぬかの話をしているなんて考えてもいなさそうな、穏やかな表情をしていた。


「名前は、チョコかな」


 この世界にはまだ、チョコレートなるお菓子は存在しない。

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ペガサスでレースをする異世界に転生してしまったようです。 秋乃晃 @EM_Akino

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