第62話 病院が迷子

 私は子供の頃から酷い頭痛持ちでした。その他はこれといって弱いところもないので(強いて言えば頭が弱いかw)、この症状だけが私をひどく悩ませていたものでした。


 いつ痛くなるのか予想がつかず、時に三日ほど続くこともあります。特にストレスと連動していたような気もするのですが、全く心配事のない時にも痛くなり楽しい時間に水を差すこともありました。


 常に頭痛薬が手放せないのですが、困ったことにこの頭痛薬というやつがなかなか効かない……体感打率は三割も無いくらいで、二回に一回は飲むと余計ひどくなると感じることもありました。酷くなるとめまいや吐き気を伴うことも珍しくなく、こうなるともう寝てしまうくらいしか対処のしようがないものです。

 病院も何度か行きましたが、これと行った原因を見出してくれるわけでもなく、頭痛薬を処方されるのみ。一度、頭部CTを撮ってもらったことがあるのですが、それでも異常は見つかりませんでした。


 結局、この頭痛とは一生付き合っていく運命だろうと、三十代に入る頃にはほぼ諦めていたのです。市販の効かない頭痛薬を様々替えつつ、なんとかやり過ごしていたという感じでした。


 転機が訪れたのは、一昨年のある正月明けの頃。


 その時私に出た症状は、頭痛ではなく首の痛み。

 私の頭痛の傾向としては首こりや肩こりを併発していることも多かったので、別段不思議にも思わなかったのですが、その時の首の痛みは頭痛を伴わない代わりに一週間以上も続いたので、流石に不便に思い整形外科を受診しました。

 その時処方していただいたのが、「エペリゾン」という薬。

 筋肉の緊張を解す薬だとの説明でしたので、それから一週間ほど続けて飲んでみることにしました。


 首の痛みは程なく収まって一安心したのですが────、そう云えば飲んでいる間は一度も頭痛が起こらなかった事に私は気づきます。


 もしやこれの効果か……?


 首の痛みが収まったので薬の服用を中断したのですが、二、三日して頭痛が起こりました。そこで試しに私は、この「首こり薬」を飲んでみたのです。


 なんということでしょう……!


 あれほど苦しんだ頭痛が、嘘のように引いていったのです。

 それからというもの、頭痛の気配を感じると予防的に服用、そんなことを繰り返しておりました。しかし、一過性の首こり用に処方されたものですのですぐに飲み尽くしてしまい、私は再び病院に向かいました。


 私は、問診で医師にこれまでの状況を説明。すると、

「なるほど。でしたら少し多めに処方しますので、痛いときや首こりが出たら飲む、そういう使い方で大丈夫です。痛くないときは飲まなくて構いませんし、痛みが続くときは一日三回まで飲めますので、柔軟に運用してみながら様子を見ましょう。たぶん、その頭痛は緊張型頭痛・頸原性頭痛と呼ばれるものですね」

 そう説明してくださいました。

 湿布薬も効果がある場合があるので、塗り薬の痛み止めも処方しましょう、とのこと。(私の頚部痛は後頭部に近い部分が痛むので、髪があって湿布は貼れないため、同様の効果のある塗り薬で対処)


 以来、私は「頭痛ってなんだっけ?」というほど痛みから解放された毎日を送っております。

 病院の処方薬は、当然ですが保険適応(しかもジェネリック♪)なので市販のものと比べて非常に安上がりなのも助かります。人生の懸念が一つ消えた喜びとともに、「できれば、もうちょっと早く気づきたかった……」と云う思いがしております。



 で、本題


 

 今回私は、頭痛を伴わない首こりに襲われて「整形外科を受診する」というから、ようやく正解にたどり着くことが出来ました。


 以前から気になっていたのですが、『日本の病院は自分で診療科を選んで受診しなければならないという「変な」システムになっている』と常々思っておりました。

 この件があって色々調べてみたのですが、実は医療先進国の中でこういうシステムになっているのはなのだそうです。


 私の以前経験した二つの事例を紹介しましょう。


 一つ目は、もう三〇年近く前のこと。

 仕事の師匠に弟子入して二か月ほどたったある日、私は口が開かなくなるという症状に見舞われました。これは顎が外れたかな? と思って総合病院の整形外科を受診。初診だったので二時間以上待たされましたw で、ようやく名前を呼ばれて症状を言ったところ、返ってきた看護師の言葉が、


 「あ、顎関節は整形じゃなく歯科なんですよ」


 そんなの解るかぁ~!


 総合病院であることが幸いし、その場で歯科へ連絡を入れてもらってそちらの窓口へ回されることになるのですが、骨や関節だから整形だろうという私の判断は間違いだったようです。


 二つ目は、近年(五年ほど前)のこと。

 早朝、原因不明の腹痛に襲われて、私は行きつけの内科を受診しました。

 そこの受付で、「どこが痛いですか?」と聞かれたので、私は鳩尾の部分を指し示すと、

「そこは胃ですね。うちの専門は循環器なので、消化器専門内科のほうが良いですよ。◯◯病院さんとか」

 そう言って、別な病院を勧められました。

 内科の個人病院がそこまで細かく分かれているというのも初耳でしたが、その時は正直なところ「別に、ここで診てくれてもいいだろうに……」という思いでした。

 しぶしぶ、その勧められた病院にいってみたところ、診断結果は「◯◯◯◯◯」。(この経緯は、拙作『魚』にて明らかになりますので、よかったらご覧くださいw https://kakuyomu.jp/works/16818622171067638666

 胃カメラ施術が必要な症例だったので、それが得意な病院で大正解でした。



 ここで私が言いたいのは、


 まず前提として、、ということ。

 そして、症状が出たら「その素人が受診する」というシステムに(日本は)なっていると云う事実。


 浅く調べた程度ですが、諸外国ではほとんどが自分で診療科を選ばなくて良い構造になっているらしいのです。具合の悪い人はまず最初に「家庭医(GP)」と呼ばれるものを受診し、そこで症状から必要な診療科を選定、そちらへ回すという順番になっているのです。

 家庭医は「総合診療医」とも呼ばれ、近年日本でも徐々に知られるようになってきてきています。


 本来的には、医療は専門性が高く細分化されるのは必然です。

「頭痛=脳神経内科」、「首の痛み=整形外科」のように、臓器別に見る必要があるからですね。


 しかし、最初の私の例のように、

 「痛みの部分と、その原因となる場所が違っている場合」診療科の境界でこぼれ落ちる症例が発生してしまいます。


 しかし現実には、


 胸が痛い→

 心臓? 肺? 打撲、肋骨? 恋の病若しくは文学的表現? ……精神科?


 めまい→

 耳鼻科? 脳外科? はたまた自律神経?

 

 腰が痛い→

 整形? 神経であるなら麻酔科? 内科の腎臓?

 

 などなど、「横断型の症状」は非常に多いのに、医療は縦に分断されている。

 中には、


 肩が痛い→大動脈解離


 のように、軽く見えてクリティカル(致死性)な症例まであるのです。


 ここに根本的な矛盾があります。



 世界的に見ると、患者が自力で診療科を判断するシステムは不合理・時代遅れとされつつあります。

 欧米ではかならず「家庭医(GP)」が入口になっている国が多く、罹患者はとりあえずGPに行けばいい仕組みになっています。

 一方の日本は、これに相当する仕組みが弱いため、患者が科選びで迷子になるという問題が起きやすいのです。


 二つ例に上げた私の事例を見てみると、


 顎が動かない、自分で判断して整形外科へ、顎関節は歯科だと気づく、

 という失敗例。


 もう一方は、

 お腹が痛い、とりあえず行きつけの内科へ、痛い部分を示すとそこは専門外、別な病院を紹介、胃カメラ


 という、入口での選別(トリアージ)が上手く行った例だとわかります。



 以上の事例から分かる通り、本来的には病院はすべて入口が「総合診療医」であるべきだと思うのですが、残念ながら日本はそうなっておりません。


 個人クリニックなどでは、「整形外科・内科」や、「耳鼻科・内科」などのように複数の診療科を兼ねていることもありますが、内科が含まれていると心強いものです。(歯科と整形外科が一緒のクリニックはお目にかかったことがありませんが……)我々素人は、具合が悪いときや風邪を引いたかな? と云うときは「とりあえず内科」に行けばなんとかなる事も多く、間違いではありません。

 これは、内科が「全身の病気をある程度診られる」ように訓練されているからで、内科+専門科のクリニックがいわば小さな総合診療医のように機能しているからなのです。

 しかしこれは、決して制度上そうなっているのではなく、結果的にそうなっているという構造なだけなのです。


 現実問題として同じ内科でも得意分野と専門分野はそれぞれ違います。私の事例のように、症状が出てフラフラ朦朧としている状態で、内科の「循環器科」と「消化器科」を選べと言われても無理があるでしょう。(これが遠因で救急車の負担が増えている、ということもあるのではないでしょうか?)


 よく「医者嫌い」「病院嫌い」ということがありますが、私としてはお医者様に文句は一切ありません。私が嫌いなのは、病院の受付に「不機嫌そうな女の人が座っている」ことなのです。

 これは個人病院などで顕著ですが、大抵の場合受付にいるのは医療者ではなく、会計兼任の「医療事務」の人なのですよね。しかし、多くの病院は窓口がこうなっています。断っておきますが、決して医療事務批判ではありません。


 最初に患者に応対するのが医療従事者ではない構造の上、


 態度の悪い患者からの質問対応

 電話対応

 会計

 レセプト作業(専門知識が必要)

 医師からのプレッシャー

 クレーム対応

 ……失敗できない処理の連続


 そりゃ、不機嫌にもなります。


 私は、受付に不機嫌な女の人が座っている病院をつぶさに紐解くと、「自浄作用が失われている組織」の匂いを感じます。……そこそこ辛い人生経験を経た私は、「自浄作用の無い集団や組織には関わってはいけない」という強い警戒感があるのです。


 そこで、前述の事例の二つ目。

 別な病院を勧めてくれたクリニックは、「受付に看護師」が座っていたんですよね。ここが違うと、医療体験とその質が劇的に変わります。

 受付が医療専門家の場合、その場である程度の症状と見極め、そこから必要な診療科の選別をしてくれます。今後、このような病院が増えてくれることを願ってやみません。



 ………………………………



 最後に、私の頭痛克服体験から、似たような症状の方へ手がかりになりそうなことを記しておきますので、ご参考に。



◆ 首こり由来の頭痛(緊張型・頸原性頭痛)の場合


 これは痛み止めでは根本が取れない。

 これらの頭痛は「痛みが原因で筋肉が緊張する」のではなく、「筋肉が緊張するから痛みが出る」という順番で起きます。


 市販の頭痛薬(NSAIDs、ピリン系など)は「炎症・痛み」に効く薬がほとんど

 でも原因が「筋肉の過緊張」なので、痛み止めだけではの緊張は残ってしまう、という状態になり薬を飲んでも『打率三割以下』になりがちです。


 さらに、NSAIDsは胃腸や血流に影響するのでことがある、という点にも留意が必要です。


◆ 筋緊張を緩める薬を使うと、原因そのものが消える


 私の服用した「エペリゾン」などの中枢性筋弛緩薬は、筋肉の「不要な力み」を作っている脳・脊髄の信号を静める働きがあるため、当該ケースでは、


 首のこり→ 頭部への放散痛→ 頭痛


 という連鎖の最初の「こり」そのものを断ち切ったことになります。

 結果として、


 ・首こりが軽くなる

 ・頭痛の頻度・強さが激減する

 ・頭痛薬よりはるかに安定して効く


 という流れが起きたのは非常に理にかなっています。



◆ なぜ「首こりが頭痛の根っこ」だと気づくのが難しいのか?


① 痛みの「場所」と「原因」が離れているから


 筋肉の緊張による頭痛(緊張型頭痛・頸原性頭痛)は、痛みは頭で感じるのに、原因は首や肩にあるという特徴があります。

 そのため本人は当然、


 「頭が痛い」と訴える→ 医師も頭痛として分類する→ 首・肩の評価が後回し


 という流れになりがちです。


② 医療機関の専門分野が分断されている


 脳神経内科/頭痛外来:頭の病気として診る

 整形外科:首の筋肉や骨格として診る


 この日本医療特有の分断構造のせいで、『頭痛の原因が首にある』という視点自体が抜け落ちることが、残念ながら珍しくありません。

 その上、私のように幼少期から頭痛と付き合っている人は、なまじ症状に慣れているせいで、「またいつものあれか」と、固定化された視点が邪魔をして、病院にかかっても「頭痛です」という主訴を繰り返してしまいます。

(私の場合は、たまたま首の痛みだけが続いた期間があったため気づくことが出来ました。これは幸運な偶然です)


③ 市販薬が『部分的に』効いてしまうことで、かえって原因が見えにくくなる


・痛み止め(NSAIDs等)は、偶然として、緊張による二次的な炎症がある日は効く

・筋緊張が強くて血流低下主体の日は効かない、むしろ悪化


 という具合で効果にムラが出やすく、打率が低くとも「頭痛薬でとりあえずしのげてしまう」事もあるため、原因に辿り着きにくいのです。



◆ では、どうすれば早く『首こり由来』だと気づけるのか?


 私と同じ悩みを持つ人が、早めに気づくためのチェックポイントを挙げます。


① 頭痛と一緒に以下の症状があるかどうか


 ・首や肩の重さ、こり、張り

 ・後頭部の痛み(特に付け根付近、表面ではなく深いところ)

 ・目の奥の重だるさ

 ・長時間のPCやスマホで悪化

 ・朝より夕方につらい

 ・朝から痛いと一日中いたい


 これらが揃うほど、『発生源が首』である可能性が高いとされています。


 特に「目や後頭部が重い+PCで悪化」は典型的。


◯ 頭痛の強さより『首の調子』が先に悪くなる


 慢性的に頭痛を持っている人の場合は稀な症状とも言えますが、

「頭痛が無く、首だけ痛い期間があった」

 これは非常に分かりやすいサインです。

 ほかにも、


 首の動きが固い日 → 頭痛が出る

 首を触ると痛い → その後頭痛が来る


 など、『首が先・頭が後』の順番がある場合は、首が原因の可能性が高いです。



◆ 吐き気・めまいを伴う緊張型頭痛がある


 ある意味、この症状が判断を迷わせる要因でもあります。

 症例的にも、強い首肩こりは自律神経を乱し、吐き気やめまいを引き起こすことがあります。また、視界がチカチカしたり光が見えることもあります。これは片頭痛でも似た症状になるため、本人も医師も勘違いしやすいのです。

 頭痛がある日は「一日寝込んでしまう」のも、典型的なケースです。



◆ 市販薬などの頭痛薬で改善が安定しない(効く日と効かない日の差が大きい)


 ◯ これは、かなり確度の高いヒントです。


 緊張型・頸原性頭痛は頭痛薬の効きが不安定になりがちですが、一方で筋緊張性の薬を使うと劇的に改善します。




◆ その上で、やはり専門家に相談を


 可能なら『頭痛専門医』と『整形外科』の両方で診てもらうのがよいでしょう。

 重ねて申しますが、我々は医療の専門家ではなくあくまで素人です。


 その上の現実問題として、

 「一つの専門科だけでは見落とされやすい」のがこのタイプの頭痛です。


 理想的にはまず、


 ・頭痛外来(脳神経内科)で危険な頭痛、病気が隠れていないか確認

 ・その後で、整形外科で首・肩・姿勢の評価をしてもらう


 この『両方の視点』が揃って初めて、「首が原因の頭痛」に到達しやすくなります。



 ・医療の専門分野が完全に分かれている

 ・市販薬である程度ごまかせてしまう

 ・緊張型頭痛は片頭痛と症状が被る

 ・吐き気やめまいを伴うため本人も誤解する


 こうした多数の要因が重なるため、首こりが頭痛の原因だと気づけずに何十年も苦しむ人は珍しくありません。もし長年頭痛に悩まされながら、上記の視点が抜けているなら試してみる価値はあると思います。

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未完成人~日々の恥は書き捨て 天川 @amakawa808

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