第4話



 カンカン照りのお日様の下、村の広場には多くの村民が集まり、馬に跨がった煌びやかな一団を、歓声を挙げて出迎えていた。


 中央へゆっくりと向かう集団のうち、1人が列を崩して先頭の馬の横につけると、騎乗していた青年へそっと耳打ちした。

 

「魔聖さま、村の者たちが手を振っていますよ」


 村人よりも建物の方をしげしげと眺め、どこか物思いにふけった様子の青年は、部下の言葉があまり耳に入らないようで、曖昧に頷くのみだった。

   

「魔聖さま、聞いておられますか。魔聖さま、カイル様!」

「あ、ああ、聞いている。すまない」

 

 濡れ烏を思わせる一際美しい馬に跨がったその青年は、部下に促されるまま視線を村人たちに向け、声援に応えるように片手を挙げてみせた。帝国風の白い軍服に燃えるような赤髪が陽の光を反射してキラキラと輝き、その整った顔貌をなおいっそう際立たせた。

 どこか神々しささえ感じさせるその立ち居振舞いに、村の娘たちはうっとりとため息をついたり、瞬きも忘れて食い入るように見つめたりと、すっかり心を奪われた様子だ。


 広場の中央で馬を降り、村長との形式的な挨拶を終えると、魔聖さま一行は用意された椅子に座り、村の子供達が歓迎の演奏と踊りを始めた。

 今まで巡ってきたどの村でも似たような流れが行われていたので、部下達はわざとらしく欠伸をしてみたり足で地面を擦ったりと、飽き飽きした表情を隠さずにいた。

 カイルとはいうと、緊張した面持ちの子供達をひとりひとり注意深く観察していた。

 子供達の背後で、負けず劣らず緊張した様子の大人達に目を向けると、カイルの頬がぴくり、と動いた。


「見つけた」


 誰に聞かせるでもないその発言を耳聡く聞き付けたひとりの部下は、不審げにカイルに顔を向け、驚愕した。

 なんと、カイル様が微笑んでいる。

 誰の冗談にも笑みを見せないどころか、龍と対峙した時も、魔聖の称号を手にしたときも一切感情を見せることのなかった鉄仮面……もとい、鬼上司……もとい、大変無感情でいらっしゃるあのカイル様が、笑みを見せている。

 子供達の出し物がそれほど気に入ったのだろうか。一瞬そう考えてはみたが、さすがにあり得ない。

 思わぬ非常事態に部下が思案を巡らしているうちに、歌と躍りは終わり、まばらな拍手があたりを包んだ。

 

 拍手が止まないうちに、カイルは立ち上がり、ある一点に視線を釘付けにしたまま素早く歩き始めた。

 突然の動きに、誰もが呆気にとられて見つめるなか、カイルはひとりの村娘の前で立ち止まった。

 

 ポカンと口を開けたまま自身を見上げてくる村娘をじっと見つめると、カイルは裾に土がつくのも構わずその場に跪き、娘の手の甲にキスをした。娘の動揺、周囲のどよめきも意に介さず、カイルは娘に優しく囁いた。

 

。カイルと申します。どうか、あなたの名を教えてください」

 

 海の向こうの作法なのだろう。初対面にしては積極的なアプローチに娘は顔を真っ赤にして視線を彷徨わせたあと、決心したように返事をした。

 

「ユキ、です」

「ユキ。どうか、これを」


 カイルは懐から高そうな蒔絵の小箱を取り出すと、ユキに向けて開いた。おそるおそる小箱を覗いたユキは、ヒエッと声を漏らした。大小様々な青玉、アクセントに翡翠を気品良くあしらった、明らかに最高級品であろう見事な簪が、静かに輝いていたのだ。


「こ、これは……」

「私と結婚してください、ユキ。これは婚姻の約束の品です。どうか、受け取って」


 広場が水を打ったように静まりかえった。皆が固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。

 ずい、と再度差し出された小箱におののきながら、ユキはカイルの端正な顔立ちをまじまじと見た。

 ――似ている。カイに。

 髪色と瞳の色が一緒なせいだろうか。名前も似ているせいだろうか。

 こちらを見上げる優しい眼差しは、切なくなるほどあの日のカイにそっくりで、ユキの胸の奥がずきんと傷んだ。この人はカイではない。魔聖さまは由緒ある公家の出として有名なのだ。カイとは別人であると、はっきり言える。

 

「そんな、とてもおそれ多い事です。私には……こちらは受け取れません。ごめんなさい」


 ユキが断り、頭を下げると、周囲の大人達は青ざめ、カイルの部下達は揃って怒りに立ち上がった。顔を両手で覆ったユキは、居たたまれずにくるりと背を向け、その場から走り去ってしまった。 

 カイルはその場に跪いたまま、深紅の両目だけは、遠ざかるユキの背中をじっと見つめていた。

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