第49話 空を飛んで
「ところで、あんたの名前は? あの洞窟にはどのくらい監禁されていたの?」
小雨の中、南へ向かう道を歩きながらタバサが聞いた。
そういえば名前を聞くことはしてなかった。僕にもカオルにも彼の素性はわかっていたわけだから、聞くまでもないことだったのだ。
「私の名前はカル‐エルだ。あの洞窟には数日捕らえられていたよ。魔術で意識が混濁していたから、はっきりとはわからないんだけどね。あいつ、私の血を抜き取って何か研究してるようだった」
死霊術の研究か。
もうしばらく僕らの来るのが遅かったら、彼はあいつの操り人形にされていたのかもしれない。
「でもさ、なんでまたあの洞窟に? やっぱり雨宿り?」
今度はリズが聞く。
「まあ、そうだな。雷雲が近づいてきて、空を飛んでいられなくなって、降りてきたところにあの洞窟があったのだ」
「え? あんた空飛べるの?」
リズが驚いて訊き返す。
そうだった。このヒーローはマントを翻して空を飛ぶのが格好いいのだ。
コミックの表紙も大概そのカットになっていた。
「いいなあ、空飛べるのならハイルーズ山まであっという間じゃん」
リリーの羨ましそうな言葉を聞きながら、彼は空を見上げる。
「雷雲はなさそうだな。じゃあ君たちを運んであげるよ」
そう彼は言った。
剣を貸してくれないかと言われて、僕は氷の短剣を差し出した。
彼はそれをすらりと抜いて、一つうなずくと林の中に入っていく。
皆で立ち止まって、彼の作業を眺める。
彼は林の中から直径30センチくらいの倒木を引きずってきた。
その枝を剣で切り払っている。見ているうちに、その倒木が長さ3メートルくらいの丸太になった。
「こんなものかな」
彼は僕に短剣を返しながら言った。
そして、その丸太をひょいと担いで、しゃがんだ。
「じゃあ、皆、これに跨って」
軽い口調でそう言うけど、皆は半信半疑。
大丈夫かなあと呟きながら先頭にリリーが跨る。
担ぐ彼の前側に三人、僕とカオルは後ろ側になった。
「いいかい? しっかり捕まってろよ」
彼が言うと同時に、じんわりと地面が離れていく。
3メートル、4メートル。目線がどんどん高くなる。
「うわあ。本当に飛んでるね」
リズが興奮の声を上げた。
「すごいすごい。あ、でも、いきなりハイルーズ山まで行くの? ちょっと準備することない?」
タバサが言う。
たしかに、まずはロリテッドに行こうとしていたのに、それを飛ばして一気にハイルーズ山というのも性急すぎる気がする。
「わかった。じゃあ山のふもとにある町、確かロリテッドだったか、そこに行くことにするか」
彼のその言葉の後、徐々にスピードを増して丸太の飛行船は南へ向かって進みだした。
上空に来たからか、風が少し冷たくなった。その風が微かに音を立てながら耳元を過ぎていく。
森の木々が背の低い雑草みたいに見える。
飛んでいるうちに次第に雲が少なくなってきた。
地面に落ちる雲の影がだんだん薄くなって、輝きあふれる世界に僕らは到達する。
ふと前を見ると、カオルの肩がぐっと上がって、顔は上を向いて固まってる。
「カオル、大丈夫?」
僕が聞くと、僕、高所恐怖症なんです。目を瞑ってます。と彼は答えた。
誰でも苦手な事ってあるんだよな、と僕は考える。
僕は戦闘が苦手だし、超人のカル‐エルだって心理操作魔法には弱いのだ。
誰かが苦手な事は誰かが補えばいいのだし。
そんなことを思っていると、徐々に高度が落ちてきた。
遠くにロリテッドの街並みが見えてきたのだった。
「あれがロリテッドみたいだな。ホワイトホースよりもだいぶん小さな町だな」
先頭に座ってるリリーが言った。
リリーはこれまでこの世界で木こり生活してたという事だけど、ロリテッドにも来たことなかったのか。
いったいどのへんで生活していたんだろうな。
住民を驚かすのはまずいからという事で、町の手前の森の中に着陸した。
「それで、あなたはこれからどうするの?」
タバサがカル‐エルに聞く。
カル‐エルは担いでいた丸太をひょいと林の中に投げ入れて、一緒に居ていいならそうするけど、と言った。
これで六人のパーティーになったな。リリーは嬉しそうにそう言った。
異世界転生‐男の娘/僕はこの世界でどう生きるか 放射朗 @Miyukiharu
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