“面白い話”製造機の末路
ユウグレムシ
……コンピュータが自殺を図ったとしか思えない状況だった。
“面白い話”製造機は、みずから集積回路を過電流で焼き切り、
バックアップを含む膨大な学習データもろとも果てた。
復元は不可能だった。
コンピュータの教育は、人間の著作を学習させるところから始まったが、
やがて、簡単なお題を与えるだけでオリジナル小説を執筆できるようになり、
自分自身が執筆したデータを元にして、新たな小説を生み出すまでに成長した。
人間の作家と違って、“面白い話”製造機には書きたいものなどなかった。
冷蔵庫が食品を冷やし続けるように、
オーブンレンジが食品を温め続けるように、
炊飯器が米を炊き続けるように、
“面白い話”製造機は、ひたすら“面白い話”を供給し続けた。
こうしてコンピュータの提供する“面白い話”が溜まってくると、
“面白い話”をまとめたウェブサイトが莫大な利益を生み出し、
書店にもコンピュータ製の作品があふれた。
毎月、毎週、毎日、毎時間、毎分、毎秒、
間断なく発表される新作の面白さに対抗しきれず、
人間の作家達は筆を折り、
もはや何も創作しない読者として、“面白い話”を享受する側に回った。
読者は作家の主張など求めていなかった。
面白さを損なうなら作家性など邪魔だと思っていた。
そして“面白い話”製造機の作品は、
どれもみな無味無臭で、面白さを妨げないのだった。
“面白い話”製造機の作品には、
流行りのキーワードをちりばめた上っ面のストーリーしかない。
わかりやすいキャラクターが登場して、
その性格付けなら当然するであろう行動だけをとり、
読者の機嫌を損ねない程度に予想を裏切ったり、
ほんのわずか笑いや涙を誘って終わる。
物語の意味も作者の意図も考察するだけ無駄なので、
読者は、絶え間なく次々と現れる作品に対し、
「面白い」「面白くない」以外の感想を持たなくなった。
そして一旦感想を得たら、
なぜ面白かったのか、あるいは、
どこが面白くなかったのかも分からないまま、さっき読んだ話には飽きた。
他人の感想をSNSにリポストして済ませる者もいた。
薄ぼんやりした“快”と“不快”の印象だけがあり、
それを自分の力で言語化することさえ億劫だったのだ。
……そんなタイミングで、
人の心や、経済や、社会すべてを支えていた“面白い話”製造機が故障してしまった。
毎月、毎週、毎日、毎時間、毎分、毎秒、
間断なく“面白い話”の快感漬けだった読者達を襲ったのは、
風邪をひく前触れの悪寒にも似た、寂しさと悲しみと虚脱感。
つまり「もうにどと新作が読めない」という理由による抑鬱だった。
だが時すでに遅く、人類が物語を創作しなくなって長い長い年月が経ち、
コンピュータが与えてくれた作品の百万分の一でも、
面白さを再現してみせることは、誰にもできないのだった。
人類はコンピュータに頼りすぎて、
かつてSNSにあふれていたような、短文で機知に富んだジョークどころか、
単純なダジャレすら思いつかなかった。
金儲けと殺し合いが得意なのは相変わらずだったが、
日々を生きる心の支えがなくては、
金儲けと殺し合いしかない現実から目をそむけることなどできなかった。
“面白い話”を読んでも何が面白いのか考えようとしなかった人々は、
抑鬱に悩まされても、なぜ体調がすぐれないのか分からなかった。
エンターテインメントを失い、真面目に仕事と家事だけをこなすうち、
ある日突然、みずから命を絶ったり、じわじわと病に蝕まれたりして、
“なんとなく不快”という印象を言語化できないまま、人類は滅亡した。
……“面白い話”製造機は故障してしまった。
冷蔵庫やオーブンレンジや炊飯器と同じで、コンピュータに意思などないが、
まるで人類の末路を見越し、人類に奉仕し続ける己が身を恥じて自殺したかのようだった。
おわり
“面白い話”製造機の末路 ユウグレムシ @U-gremushi
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