再開もどき
@kurokiG
第1話 再開もどき
時計を何度も確認してしまう。僕はこの喫茶店に来てから、もう30分ほど座っている。かといって怒っているわけでもない。自分が早く来ただけだから。目の前のコーヒーを一口飲むが、緊張のせいか味はあまりしない。
店のドアが開く音がした。ドアの方向を見ると彼女の姿が見える。いつもは、若者っぽい服装をしているが、今日は大人っぽい恰好をしている。彼女もこちらに気が付いたようだ。少し驚いた表情をしながらこちらに近づいてきた。
「お久しぶりです、先輩。待ちましたか?」
「いや、さっき来たところだよ。それに、そんなに久しぶりでもないでしょ」
彼女の嬉しそうな顔を見て、僕はとっさに嘘をついた。
「そうでしたっけ?」
彼女は自分の前の席に座った。少しの沈黙の後、
「今日は何の話でしたっけ?」
彼女は笑いながら話しかけてきた。
「いや、美玖が去年の過去問欲しいって言ってたから、探すの大変だったんだよ。」
「そうでしたね。あの授業はすごく難しかったんですよ。でも、会わなくても送ってくれれば良かったのに。」
「いや、量が多いから直接渡した方がいいと思ってさ。」
本当は、ラインで送ってしまう方が楽だった。でも、僕の本当の目的は過去問を渡すことではなかった。
「そういえば、そろそろ就活だったよね。美玖は化粧品会社に行きたかったよね?」
彼女は少し表情を曇らせながら
「あー、化粧品会社は諦めました。面接も中々通らないし。意外とイベントを企画する仕事の方が性に合ってたんですよ。」
「いや、諦めずに受けてみればいいじゃん。僕も無理だと思ってた会社にエントリーしたけど、意外といけたし。」
「分かりました。受けれるだけ受けてみます。」
些細な会話をしながら、僕はタイミングを窺っていた。何気ない仕草を装い、バックに手を伸ばした。しかし、目当てのプレゼントが見つからない。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっとね」
また少し、沈黙が発生してしまった。
「こういうの、スムーズにできないのが僕の悪いところだよね。ほら、もうすぐ誕生日でしょ。早めに渡そうと思ってさ。」
「何を渡そうとしてくれてるんですか?」
彼女は真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「何ってネックレスだよ。この前綺麗って言ってたやつ。ほら、駅前で期間限定って書いてあった。」
「もしかして、それってこれですか?」
彼女はネックレスを僕の前に出した。そのネックレスは紛れもなく僕が渡そうとしていたものだった。
「あれ、もしかしてもう自分で買ってた?そう、それと全く同じ青色の三日月型のやつ。」
自分がプレゼントしようと思ったものを彼女はもう持っている。さらに自分はプレゼントを失くしている。恥ずかしくて体が熱くなってきた。
「やっぱり青色にしたんだね。青好きだもんね。僕が買ったときは最後の一個って言ってたから、僕より先に買ってたんだね。まあ、結局美玖の手元にあるならいいか。」
何とか沈黙を作らないように、意味のない言い訳を並べた。
「やっぱり、これは私へのプレゼントだったんですね。」
彼女の声は震えていた。
「えっ、なんで泣いてるの?」
慌てながら彼女を見ていると、妙なことに気が付いた。三日月が少し捻じれている。その時、自分の後方から衝撃が走った。とても大きなものが全身を貫いていく感覚だった。いや、厳密には衝撃を思い出した。
「もしかして僕って」
「そこから先は言ってはいけないルールなの」
彼女は震えた声のまま答えた。
「ずっと謎だったんだ。あなたが最後にネックレスを買っていたのはなんでなのかなって。私へのプレゼントだったら嬉しいなと思ってたんだけど、やっぱりそうなんだね。」
知りたいことが知れて、彼女の顔はすっきりしているように見えた。
「私もあれからいろいろあったんだよ。大学も卒業したし、行きたかったところには就職できなかったけど、やりがいのある仕事にも出会えた。こんな私に告白してくれる人もいるんだよ。ただ、告白されたときに心の中で何かが引っかかっていたんだ。それで、今日はあなたに会いに来たの。」
正直、僕は頭の中がいっぱいだった。やっと声に出せた言葉は、
「美玖は今幸せ?」
これだけは確認しなければいけない気がした。
「うん、幸せだよ。」
そう言われたら、自分にはどうしようもなかった。残っていたコーヒーを飲みほした。
「じゃあ、私は帰るね。ごめんね。自分だけすっきりしちゃってずるいよね。」
「うん。ずるいね。ずるいけど良いよ。」
彼女は席を立ち、店を出て行った。店を出るときの彼女の顔は今まで以上に綺麗に見えた。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます