地球解体は予定通りに

宇多川 流

地球解体は予定通りに

 熱のこもった会議室の壁掛けモニターに映ったそれはゴツゴツとしていて、岩に似ていた。

 その印象も画面の外から一筋の光が飛び込んでくるなり一変する。

 一瞬の出来事がスローモーションで再生された。岩がグニグニと一部を凹ませて飛来した物を包み込むように動き、取り込んだ金属を中身ごとドロドロに溶かす。核ミサイルだった物は跡形もなく消え、吸収されたらしい。

 夏本番の暑さと同時期に観測可能範囲を訪れ、地球への軌道を取っていると判明するとともにそれがSG(スター・ゴースト)と名づけられて一週間。金属の塊や硫酸爆弾、毒ガス爆弾など、毎日様々な物がそれめがけて投げつけられた。

 ――なりふりかまわない抵抗って感じだな。

 何度も繰り返し見た映像をまた見せられながら、SG対策委員会の一員である大隅勇は他人事のように思った。もちろん一大事であることは充分に承知してはいるが。

 この会議で求められているものも、言われるまでもなくわかっていた。

「時間がない。何としても有効な対策を探し出せ」

 会議の結論はいつもと同じ。ただ今回は時間制限がついた。

 いよいよ、最後の時が近付いている。

 会議室を出た勇の心は焦りとあきらめに近い開き直りに占められていた。正直、良い案など思いつかない。思いつくようなことはすべてやり終えていた。

「何かある?」

「さあ、占いにでも頼ってみるしかないかもね」

 同僚たちも似たようなもので、少し投げやりに会話しながら散っていく。

 勇はすぐに取りかからず、自動販売機で冷たい缶コーヒーを買う。こう暑くてはなかなか頭も回りそうにない。

 飲み干す頃には少し涼しくなってきたが、やはり何も思いつかない。苛立ちまぎれに乱暴に空き缶を捨てたとき、ラックに入った新聞紙の見出しが目に留まる。

『天才少女、難問を解決!』

 情報規制されているので仕方がないとはいえ、のん気なものだ――と思いながら、手は自然と新聞を取って広げ目は記事の文字列を追う。

 記事の内容は、七海小梅、という十四歳の少女が未解決の殺人事件を解決したというもの。今までにもその頭脳で様々な事件を解決してきたらしい。

「……占いよりはマシか」

 自然な流れで、そう結論が出た。


 対策を年端もいかない少女へ丸投げすることに若干の心苦しさはあるが、何にでもすがりたい状況には違いなかった。天才少女に会う直前になって勇が不安に思ったのはそれより、小梅がどんな性格をしているのか、ということである。

 新聞記事で見たモノクロの横顔は可愛らしかったが無表情で、どこか冷たそうに見えた。それでも、会うことを拒否されなかっただけも幸いだが。

 手伝いらしい女性に案内されたのはセキュリティの万全な豪邸の中庭へのドアだった。

「失礼します」

 中庭には小さなプールがあり、その縁のパラソルの下に長い黒髪の少女が座る後ろ姿が見えた。

「初めまして。用件は手短にして」

 静かな声。想像に近い性格のようだ、という印象を受ける。

「あの、となり……」

「いいわ」

 不穏なものを感じながら近付くと、少女は素足をプールの水につけていた。得体の知れない天才でも暑いものは暑いらしい。

 機嫌を損ねては悪い結果しか生まない。勇は注文通り手短に状況を説明した。

「やっぱりそうなの。気象データや関係機関の不自然な情報の欠落を見れば、簡単に予想できるわ」

 この娘はあらゆるデータを把握しているのか。驚く青年に、彼女は溜め息を洩らす。

「無能な高給取りたちには情報規制の不備が自覚できないのね。もっとも、多くの人々もそれに気がつかないほど自分を取り巻く環境にも無関心だから仕方がないけれど」

 感情が薄い中、嘲るように言う。まるで人間全体を嫌っているようだ。

「確かに皆、君に比べると無能だろうけれど……無理もない話だ。時間もないからね」

「そうね。なら、答も見えているはず。スター・ゴーストの性質をつぶさに研究するには情報も時間もない。確実な方法しかない」

 彼女の言う確実な方法。

 それは、溶かされる前に進行方向の地球の一部を一時解体することだった。


 SGとは違い地球のデータはすべてそろっている。必要な手段も彼女の指示で用意された。対策委員会は最後の抵抗をこの手段に絞り、世界中の最先端の技術と道具、優秀な人材が結集される。

 解体が始まると、作業員以外の者はただ見ているしかない。

「間に合うのかな」

 対策が始まりほっとする一方、現場を見学するうちに別の不安が湧き上がる。

「間に合うわ」

 勇のとなりで、同じく様子を見に来ていた小梅が自信満々で言い切った。


 彼女のことば通り、すべては予定通りに終わる。SGも通り過ぎてしまえばひとつの天体ショーだった。あとはすべて元に戻すだけ。

「自信があったのは、きみが考えた作戦だから?」

「それもあるけど」

 遠ざかる彗星に似た姿を見上げながら、少女は答える。

「わたしの作戦に必要になるものが皆集まったからよ。そこは褒めてあげるわ」

 その頬がわずかにゆるんだように見え、非日常が去り日常が戻ったような気がした。



   〈了〉

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