夢みっつ:スリーピング・マッサージ

  ・部屋。


 咲仲、あなたを布団の上まで追い詰める。


「そろそろ観念しなよ。ほら、布団は座る場所じゃないよ。おとなしく横になって。

 だいじょうぶ。やさしく、するから」


「こらっ、暴れない。抵抗したって、わたしのこと突き飛ばすこともできないって知ってるよ。

 目をつむってれば、いつの間にか終わってるよ。だから、うつぶせになって」


「ん、いい子。言う通りにしてくれてお姉さん嬉しいよ。

 それじゃ、始めるよ。痛かったら、言ってね?」


 咲仲、あなたの背中に乗り指圧する。


「ん、んんん~、かた、い。これは、なかなか……お姉さんの本領、発揮するときかな」


 咲仲、覆いかぶさるように顔を寄せて、あなたの右耳にささやく。


「じっくり、ゆっくり、せめていくね。

 きみも、体の力を抜いて。わたしの言う通りに、呼吸して」


「いくよ。

 ゆっくり、吸って。そう、そう。うん、えらいえらい。

 吸えたかな?」


 咲仲、左耳に囁く。


「そしたら、ゆっくり吐いていこうか。ゆっくり、ゆっくり、吐いて。吸ったときよりも、時間をかけて。体のなかの悪いもの、ぜんぶ出していこうね」


「じょうずじょうず。そしたら、そのリズムで呼吸してみよっか。

 わたしは、うん、きみのかたいとこ、ほぐすね」


 咲仲、体を起こして指圧を再開する。


「……んっ、んんんっ、んーー。はぁ、変な声出ちゃう。

 ねぇきみ、ちゃんと自分の体はいたわってあげなきゃだめだよ。

 こんなにカチコチでさ、自分でしてあげてる?」


「だめだよ。毎日は大変かもだし、わたしもできてないけど、二、三日に一回はほぐしてあげないと。溜まったままになっちゃうよ」


「すっきりさせてあげるからね。ほら、ほら、ほら! ぜんたいじゅーううう!!」


 咲仲、顔を真っ赤にして息も絶え絶えに指を離す。


「はぁ、はぁ……ねぇ、ちゃんと気持ちいい?」


「それならよかった。力ないし、体重もないから、あんまり自信はなかったんだけど。

 ……なんでマッサージって? そりゃ、きみを癒したいからだよ」


 咲仲、手のひらを使ってあなたの背中をほぐしていく。


「きみは、自分ががんばり屋だってことを自覚しなさい」


「ただ息をしてるだけ? あのね、それだけの間に、きみがどれだけ心を配っているか、わからないと思う?

 ……うん、そうかもしれない。でも、そうだったとしてもだよ。

 自分を守るため、だれかにやさしくしてるんだとしても、それできみが消耗しないわけじゃない」


「疲れてるって、体が教えてくれるよ。言葉がなくても、こうしてふれ合えばわかる。

 だから、きみのやさしさを、少しでいいから、きみに分けてあげてほしいよ。

 ……お姉さん、心配で寝れなくなっちゃう」


「ん、いいのきみは困らなくて。これはわたしのおせっかい。

 ほら、呼吸忘れてない? ゆっくり吸って、ゆーぅくり吐くんだよ。目もつむって。どんどん、体の力が抜けていくよ。

 ほら、じわじわと、お布団に溶けちゃうようだね。だいじょうぶだよ。ちゃんと、お姉さんの手がきみの背中にふれてるから。

 そのまま、わたしの声だけ思い出して」


「ゆっくり吸って、ゆっくりゆっくり吐くんだよ」


 咲仲、口を閉ざしマッサージに専念する。


  〇しばらく咲仲の呼吸音だけが続く。


「(ささやき声で)……寝てる、よね?

 ほんと、きみの数少ない悪いとこだよ。こんなになるまで、休まないなんて」


「ま、いちばん悪いのは、エアコンが壊れたなんて……そんな理由で、何年も会ってないひとを、ひとつ屋根の下で暮らすことを許したことなんだけど」


 咲仲、マッサージを止め、あなたの背中に覆いかぶさる。


「はぁ……なんだかさ、きみの心が遠いよ。こうしてふれて、こんなに近い距離で言葉を交わしているのに、きみに届いていない気がする」


「昔からそう、いやいや言いながら、結局なんでも許してくれちゃう。

 そのやさしさは眩しいけど、それ以外の感情だって見てみたいよ」


「きみの熱がわかる。エアコンで冷えてるから、すごくわかるよ。

 だから、ねえ、信じていいかな……きみの心に届くって。わたしのこの思いが、きみに伝わるって、そんな夢を信じていいかな」


 咲仲、体を起こしあなたから離れる。


「ん。今日はおしまい。

 きみと再会した夢の夏は、もう少し続くから」


 咲仲、あなたにタオルケットをかける。


「おやすみ」


 咲仲、照明を消して、自身も布団に向かう。


「また明日。目を覚まして、きみに会える。そんな夢を信じているよ」

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