夢よっつ:コネクト・フォーユー

  ・部屋


  〇雨の音。


 咲仲、ベッドで横になりながらあなたと通話をしている。


『うん、そ、あいにくの雨だからね。降られたのは家の近くだったから、そんなに濡れてないけど。もう一度、外に出るには勇気のいる強さかなって。

 風邪ひいてもいやだし、久しぶりに自分の部屋で寝るよ』


『ん、暑いけどね。窓も開けられないし。扇風機だけじゃ心許こころもとないのは事実だけど……うん、だいじょうぶだよ。実はね、奥の手があるんだ』


『気になる? ま、そんな画期的なものじゃないけど。

 エアコンが壊れているからこそ、エアコンがない時代の知恵が役立つものだよ』


『じゃじゃーん。氷まくらだよ。ま、見えないだろうけど。

 今、頭の下でお姉さんをひんやりさせてくれてるんだよ』


『ん? そうだよ、寝ながらお話してるよ。座ってても暑いだけだし。

 きみはどうしてるの?』


『そっか。うん、ありがと教えてくれて。場所は違くても、こうやって同じ時間を過ごせて、お姉さん嬉しいよ』


『ん、エアコンの修理? ああ、まあ、この夏の間は無理そうだって。

 でも、もう少しで暑さも引くだろうし。そうしたら自宅で過ごすからさ。きみにはもうしばらくだけ辛抱してもらって……迷惑じゃないって?

 ……ほんともう、そういうとこだよ』


『そうやって、だれにもやさしいのはきみの美点だけど、きみ自身が消耗するでしょ。

 やさしさに線引きするのも、めぐりめぐってだれかのためになると思うよ』


『ん、きみのやさしさに助けられるひとは、わたしがそうであるように、たしかにいるんだから。きみが元気でいてくれないと、そういったひとたちに手が伸ばせなくなっちゃうよ』


『まったく、こういう言い方でようやく納得してくれるんだね。ほんと、お姉さん心配だよ』


『ん? ちゃんとひとを選んでる? ……えぇ、ほんとう~?

 んんっ? いや、それは……それなら、安心だけど。いやほらだれもかれも泊まらせたら危ないじゃん!?

 ……だから、そう。わたしだから、部屋にあげてくれたのは、信頼ってことで……ありがたい、よ』


『そのさ、自分で言うのはおかしいのはわかってるけど。

 いつ、どうやってきみの信頼を得たのかな? そんなこと、できてた記憶がないんだけど』


『うん……ずっと、文面で繋がっていたから?

 ん、中学生の頃のわたしだけじゃなくて、今日までのわたしがきみの信頼を得たってことだよね?』


『そっか……それは、うん。たしかに、あの頃のわたしが信頼されていることが、今のわたしが信頼される理由にはならないよね。

 関係が続いていることは、そうだね、それが信頼になるんだね』


『きみとの関係は、あの頃から変わっていないよね。

 はじめはさ、なんか親切な子がいるなって印象だったんだよ』


『それがどうにも気にかかって、目が離せなくて……危なっかしく見えたんだ。

 杞憂、だったみたいだけど』


『けどさ、ミイラ取りがミイラじゃないけどさ。きみのそんなやさしさにわたしが救われて、今日になっている。

 ……ねえ、ずるいことを、今から言うね。

 顔を合わせてないから、言える。もしいやだったら、雨で流してほしい。そんな、ずるいこと』


『きみと作ってきた関係に、この今に、特別な名前が欲しいって、わたしは思っちゃうんだ』


『ん、そう。先輩じゃなくなって、だからお姉さんなんて言って。

 役割を演じることで、きみとの関係にしようとした』


『友達でもない。知人でもない。ああ……そうだね、恋人でもない。

 そんな、わたしたちの関係』


『変わらず、続いたもの。そんな関係を、わたしはこう呼びたいんだ』


『居場所。

 きみは、わたしの居場所なんだ』


『どんなに現実がつらくたって、つまんなくたって、きみとの関係があれば、この世界を諦めずにいられる。きみと過ごす時間だけが、息をできる。

 きみにとって、わたしも、そんな夢のような存在でいられるよう、がんばりたい』


『ねぇ、どうかな?

 わたしは、きみの居場所になれるかな?』


『……だから、一緒に過ごしてる?

 それは……ううん、きみの言葉を疑うなんて違うよね』


『そっか……嬉しいなぁ。夢みたいだ。あぁ、これが夢じゃないって、どう確かめよう。

 ……ん、おもしろいことを思いついたよ』


『窓さ、曇ってるでしょ。そこにさ、お互いの名前を書こう。それで目が覚めて、跡が残っていたら、現実だって思おう』


『照れくさいって? いいじゃん。居場所なんて告白も、じゅうぶん恥ずかしかったよ』


『だから、ね? きみは咲仲って書いて。わたしはきみの名前を書くから』


『ん、通話越しで相手がほんとに書いたかなんてわからないけど、それでいいんだよ。

 きみとわたしの仲で、そんなことを疑うなんてないでしょ』


 咲仲、起き上がり窓辺に寄る。


  〇窓を指でなぞる音。


『きみの名前、書いたよ。大切な、わたしの居場所』


『目が覚めて、この夢が現実か。この時間が、夏の暑さが見せる幻じゃないか、たしかめよう』


『そうだね、そろそろ寝よっか』


『雨はあがるかな。

 今はただ、期待だけがあるよ。きみに、会いに行きたい』


 咲仲、ベッドに寄り氷まくらに手をつける。


『氷まくら変えなきゃ。ずいぶん、ぬるくなっちゃった』


『おやすみ。目が覚めたら、また会おうね』

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