夢の終わりは、日々の続き
・部屋。
〇錠の開く音。
あなた、自宅の扉を開く。
「おかえり」
〇肉じゃがが煮えている。
〇包丁が規則正しくまな板を叩く。
咲仲、キッチンに立ち夜ご飯の準備をしている。
「肉じゃがもう少し煮なきゃいけないから、よかったら先にシャワー済ませてきて」
あなた、浴室に向かう。
〇扉を開閉する。
〇衣服を脱ぐ。
〇カーテンを閉める。
〇シャワーを流す。
〇水音に紛れて鼻歌が聴こえる。
咲仲、機嫌よさげに鼻歌を奏でながら肉じゃがの様子を見ている。
あなた、シャワーを済ませる。
〇カーテンを開ける。
〇タオルで体を拭く。
〇衣服を身にまとう。
〇水切りワイパーでしずくを落とす。
〇扉を開閉する。
「ん、いい時間だねぇ。
こっちもいい具合だよ。明日以降に取り分けたぶんは粗熱だけとって、冷蔵庫いれるから、ちょっとの時間、手が空いてるんだ」
「だから、ね? 髪、乾かしたいな?」
「やった! ありがと。じゃ、いこ」
〇足音。
咲仲、あなたの後ろに座る。
「ん、じゃあまずはタオルドライからはじめるね」
「必要ないとか言わないの。髪の長さは関係ないんだから。労わってあげるのが大切なの」
「いい子。じゃ、失礼して。乾いたタオルを乗せて、と」
「指先で頭皮をやさしく揉んでいきますねー。
ね、お店みたいでしょ。美容師さんのまね。腕は及ばないから、雰囲気だけでもね」
「もみ、もみ。もみ、もみ。もみもみ」
「きもちいですかー。はーい、お返事ありがとう。
そしたら、毛先のほうを乾かしていきますねー」
「きみの髪の毛。やさしく、やさしく挟み込んで、と。
ポンポンって、軽くたたいていきますねー」
「ポン、ポン。ポン、ポン。ポンポン」
「はーいタオルドライ終わりました。
ドライヤーで乾かしていきますねー」
〇ドライヤーから温風が出る。
「じゃ、髪の毛にふれますねー。かき分けて。根元から乾かしていきます」
「ん、乾いてきたので先端も乾かしていって……」
「よし。冷風を当てて仕上げますねー」
〇ドライヤーから出る風が冷たく勢いの弱いものに切り替わる。
「ひんやりひんやり。
首元に当てたりなんかしちゃって」
「たしかに、お客さんにしたら怒られちゃうね。
わたしはきみ専属だから、許してほしいな」
「ありがと。よし、終わったよ」
〇ドライヤーの電源を切る。
咲仲、立ち上がってキッチンに向かう。
「いいよ、準備はひとりでだいじょうぶだから。
スキンケア、しときな。パックは寝る前になっちゃうけど」
「それにしても、肉じゃがが食べたいなんて……なんかど真ん中すぎて作ってこなかったけど」
「手料理で食べたいものってあるよね。オムライスとか、カレーとかもそうだったりするよね」
「まあたしかに、オムライスはケチャップライスかチキンライスかとか、カレーに関しては辛さだったり具材を溶かすかどうかもあって、むずかしいよね」
「だからこそ、家庭の味なんだろうけど。
肉じゃがは、まあ、しょうゆの濃さくらいかな」
「うん、そうだね。最初はそこから、すり合わせていければいいよね」
「よし、そっちもっていくね」
咲仲、おぼんに乗せてあなたの食事をもってくる。
〇足音。
「白米に、肉じゃがと、小鉢がひとつです。飲み物は麦茶ね」
あなた、料理を受け取っていく。
〇足音。
「わたしのぶんも準備して、と」
咲仲、テーブルの前に座る。あなたの対面。
「じゃ、食べよっか。
いただきます」
「ん~、わたしはいつもの味。
きみは、どう?」
「そっか。ありがと。
……え、緑のはスナップエンドウだよ。きみのおうちだと入れてなかったの?
そっか……具材の違いも、あったのか……実際にやってみないと、わからないことばかりだね」
「そそ。やわらかく煮えた具材のなかで、ぽりぽりした食感が嬉しいの。
きみの口に馴染んでくれてよかったよ」
「小鉢? そ、湯がいた小松菜と、あとにんじんの皮を刻んで胡麻であえたやつ。
いくら肉じゃががやさしい味だからって、やっぱりちょっと食べ疲れちゃうからさ。
こういう小鉢があると、気が休まるんだよね」
しばらく無言で食事が続く。
〇木の箸が陶器を叩く。
「……ほんとに、いいの?
夢じゃ、なかったんだよ」
「きみはわたしの居場所で、わたしはきみの居場所だった。
それは、おかえりって言える場所。安心して、心を預けて。止めていた息を吐き出して、吸う。それができる関係を、居場所って呼んだ。
だから、一緒に暮らすのは自然だけど……でも、それはきみのやさしさじゃないの?」
「わたしはきみの居場所であるために、救われるだけじゃだめなんだ。ちゃんと、きみの力でいたい」
「この暮らしが日常になっていく。ねぇ、それはきみの負担にならない?」
「……え。
それは、でも……あまりに、わたしに都合がいいよ」
「その負担を楽しめなかったら、ここまで一緒に過ごしていない、なんて」
「そっか……そう、思ってくれるなら。
うん、わたしはきみとの日々をいっしょに生きていける」
「お互いが、お互いに帰ってくる、居場所になれるって、信じられる」
「ありがとって、そう言い合える日々を作っていこう。
これまでのきみだけじゃない。今のきみだけじゃない。これからのきみに、そう言えると、わたしはとても嬉しいよ」
「これからも、よろしくね」
ふたり、食事を進める。
〇箸を置く。
「ごちそうさまでした」
「連絡くれた通り、食器洗い、任せていいんだよね?」
「ん、ありがと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます