駄文

日暮

駄文

 私は元自称作家だ。何と言う事だろう。この言葉の響きには聞くに堪えない痛々しさがある。

 職業作家ではなく、あくまで自称である点にご留意頂きたい。そう、あくまでそれは趣味の範囲に留まるものであった。本業は別にある。いわゆるフリーターである。

 フリーターも確立された一職業ではないのだが、現在の時流においては、社会における一身分を獲得していると言える。あくまで底の方で、ではあるが。

 今こうしてこの文章を書いていても実に気持ち悪く堪え難い。私は自分の文章力に辟易しているのだ。

 なぜ趣味で小説を書き続けていたのか。別に書いて欲しいと求める存在があった訳ではない。というか一人もいなかった。華々しい作家などこの世にほんの一握りしか存在しないのである。

 ではなぜ書き続けたのか。問題はまさにそこにある。

 謎だ。謎でしかない。それはまさに世に存ずる難問の一つ、重力子の存在とも肩を並べ得る現代科学の根底をも揺るがしかねない難問なのである。

 私が『元』と名乗ったのも想像がつくだろう。いわば私は謎に挑み敗れた哀れな科学者なのである。

 書くのをやめて、幾年か。私の生活には随分と余裕が出来た。デッドスペースを活用する主婦の如く、創作に当てていた時間を別のものに振り分ける事で、きゅーおーえるとやらは随分と向上した。

 ここまでの時間を書く事に当てていた事が恐ろしい。誰にも頼まれてなどいない。むしろ、社会的に客観的な観点からは、やめる事こそ望まれていたろう。社会は効率を重視するものであり、いまや創作の時間の残骸はその気になれば塵芥ほどの社会貢献に行使する事も出来るのだから。

 しかし最近になり、めっぽう難解な謎が再び私の前に現れた。それはとうとう、決して無視できない程の疑問としていよいよ私の日常を脅かし始めたので、仕方なく取り掛かる次第である。

 なぜか、乾く。

 乾くといっても、物理的にではない。無論、人間である以上、仙人掌の様に空気中から水分を取り込む機構は体内に存在しておらず、一秒ごとに乾いてはいるのだろうが。

 そうではなく、精神的に。

 不足している物など、何もないのに。ほんの小金程度の収入しかない身ではあるが、幸いにも生活に不自由はしていない。

 むしろ余剰時間が増えた分、より満ち足りた生活をしているはずなのに。

 少しずつ乾いていく。瑞々しさが日々失われ、理性がひび割れて剥がれ落ち、欠片が心の底に張り付いていく。そして大事な何かが覆われていってしまう。

 そんな致命的な予感がするのである。

 ああ、何と非論理的で無根拠に過ぎる予感だろう。一切はただの直感であり、そこに心理学だとか脳科学なんぞに基づく真っ当な理由など何も無い。

 しかし、ただそれだけが、今の私を動かす全てなのだ。

 そのためだけに、書き続ける。

 読者の一人も居なくとも。

 ああ、ここに至って、ようやく私は気付いたのだ。

 結局、何も変わっていない。

 昔書き続けていた時に抱えていた謎、『なぜ書き続けるのか?』

 その答えこそ、まさに新たに取り組み始めた難問、それそのものであったのだ。

 書かないと、作り続けないと、

 少しずつ。少しずつ。

 少しずつ、少しずつ。

 少しずつ、少しずつ、少しずつ———。

 死んでしまうから。

 心が瑞々しさを失って、生きる手触りも失ってしまうから。

 では何故?という話なのだが、それが理解できれば苦労はしない!

 そんなもん俺が一番知りてえよ!!!

 そう叫びながら、私は今も、自らの指先が紡ぎ出す文の中にその答えを探す。

 

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駄文 日暮 @higure_012

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