第2話 【真・テンペストショット】

吹き抜けた風は、尋常ではない。


「トリプルアウト…! なんつぅ馬鹿力!」


相手の取り巻きを残らず吹き飛ばし、このコートを支配した風に誰もが驚いた。

糸目で微笑む部長ママさえも、金髪を吹かれるままに乱し開眼した。

綺麗なフォロースルーで投げ切った豪快な一球、投げたのは転校生夜空ひな。

ニヤリと笑ったガーネットの瞳と、開かれたアクアマリンの瞳が見つめ合う。


そんなときに、夜空ひなは後ろを指差した。

ドッヂボールをしているなら迷子になったボールの行方を確認しなければならない。

ドッヂボールをしているなら迷子になったボールは内野に転がり戻る前におさえなければならない。


「あ、おーいチャンスだぁージュゲーー! かませー!」


「ジュゲじゃねぇ! えっとはいジュゲです……」


振り返る天Jえんじぇに睨まれた寿限無は知らず手にしていた赤いボールをどう処理すればいいのか、焦った。


その金髪の天使は構えもしない……自分に対しては。

かんがえた末にやがて寿限無は身の丈にあったボールを返した。


「かませるかよ! なんであたしが! チッ」


外野からふんわりと投げられた山なりのボールは、内野に佇むきょとんとした顔の夜空ひなの手元へと納まった。


「おおお? ジュゲなんでかまさない?」


「るせぇてめぇの指図は受けるか!」


「なにっ!? 夜空ひな……なななな…ナイスショックだぞジュゲ!」


「知るかー! 勝手にしろー! あたしの知らないところでな!(なにがナイスだ…)」


「ふむ…。まぁボールをパスしてくれるだけでもドッヂはできるか」

「ジェゲぇぇえその調子でボールに慣れてこーーーなーーー!!!」


「るせぇ! ころすぞ! ナメんなーーーー!!」


ボールを掴んだ手のまま手を振る能天気に外野の茶髪ヤンキーはレスポンスした。


(とはいえ……こいつ……実力は嘘じゃねぇ……。だが……。お前は知っているのか? ドッヂボールってのはヂ力とイカした球技と……才能)


「好きなドッヂを好きにさせてもらえるか…………相手しだい……クソッ……恵まれてやがるヤツらは……」


末広寿限無の心に未だ吹く風は期待か、嵐か……。

相対するドッヂボーラー夜空ひなと鳥巻天Jの顔と背とボールを、彼女は汗で冷えてきた蚊帳の外からただ見つめた。





▼▼

▽▽





「これってまさか【ドロップカーブ】……イヤッ【高速ドロップカーブ】!!! ……十分なスピードにえげつねぇキレだ! コイツこんなプロレベルの技まで!! ただの真っ向勝負の馬鹿じゃねぇ!? まじか……好きってレベルだけの馬鹿じゃぁ投げれねぇ…!」


夜空ひなにはもうひとつの得意技がある。

ヂ力を大きく消費し投げる風纏う個性的な【テンペストショット】と、ヂ力をそれほど使わないプロドッヂボーラーでも難しい上球技【高速ドロップカーブ】。


直球と織り交ぜる変化球、それもスピードのある山なりを描いて襲う高速ドロップカーブは部長相手でも有効だった。


「さっきから効いてるぞ…高速ドロップカーブと直球の変化差を取れていねぇ、このままぶつけつづけて膜を剥がし切ったらもしかして……! なんだよこのッ……試合……!」


《膜》

それは起動したドッヂカードにより与えられるドッヂボーラーの体を安全に保護すると同時に、一定以上の威力の球を当てられ剥がされてしまえば強制的にコートアウトになるものである。


つまりドッヂボールのルールではこの膜を剥がすか、内野コート外へと相手を弾き出すどちらかで相手をアウトにできるということだ。


そして膜を剥がすことのできたその場合、内野は残り1対1同士。

この試合における夜空ひなの勝利を意味する。



そしてまた運が手繰り寄せるように夜空ひなへと納まったルーズボールは、そっと右手に掲げられ風を纏っていく。


「やっ、やっぱり来たか……コイツ次で決める気だ……!!」



「いくぞ……とりまきえんじぇっ、【テンペストショット】!!!」


渦巻く風の弾丸はその掲げた右手を振り下ろし放たれた。


砂を巻き上げ、


構えた両手をすり抜け、風球は腹の真ん中に突き刺さっていく。


凄まじいヂ力、申し分ない馬鹿げたスピード、威力。


まともにアタックを受けた天Jの両脚はフタツの線を真っ直ぐ描きながら────────



「────ボールはあか子……」


「──!?」



「しっかりと抱くものです……! ふふふ……」


その丸めた腰、そのへこんだ腹に収まっていたのは赤いボール。


赤子を抱き守るように、回転するボールは風と勢いを失い──凪いだ。


「ナッ!?? なんて……アレを、アレを取るっていうのか……!?? いや……」


寿限無はどこかこの驚きを見せてくれた転校生に肩入れしていたものの、イチド冷静になった。

このエンジェ部長の強さは底知れない。

夜空ひながチカラの底を見せたときに、彼女はもっと懐の深いチカラを持っていても不思議ではないのだと今日改めて思い知った。


「……さすが銅児魔ドッヂの部長か……!!!」


もちろん夜空ひなもまた汗を一筋垂らし、称賛と得体のしれないドキドキを────。




▼▼

▽▽




既にヂ力のほとんどを使い底を見せた夜空ひなと、今、本当のヂ力を解放し球技を使い始めた鳥巻天J。

どちらが優勢であるかは末広寿限無がその目で見なくてもこれまでの2人のドッヂボーラーの情報を比べれば分かるところであった。


夜空ひなが攻めていた前半と一転し後半は、天Jのペースがつづいている。

投じられていく赤いボールが膝、肩、顔、次々と突き刺さってゆく。


そして、


「【ララバイボール】──おやすみのじかんです、元気なげんきな夜空ひな!!」



「ヂ力だけじゃねぇアイツの集中力とパフォーマンスが目に見えて落ちてやがる……やっぱりエンジェ先輩の球技はそういう特殊系統か……!! さすがにここでおねんねなのか……チッ…夜空ッ……」


肩でゼェゼェ息をし、瞼はなぜか重い。

この特殊なヂ力を纏った一球で、勝負がついても誰も彼女を咎めないだろう。


それは外野で山なりのパスを供給するだけの末広寿限無も、


敵でありあか部の部長である鳥巻天Jも、


ただ独り、彼女だけは────────



「ボールは子ども…………落とさない!!!」



やってのけるのは、

やってのけるのが、夜空ひな。


フィニッシュに放たれた丁寧に腹に収まった、魂の一球。

向かってきたたった一球はお眠りしている場合じゃない、魂にぶつけるのは魂、魂を受け止められるのは魂。

ナイスな〝ジャストキャッチ〟で落とさない。


「何故……ネないのです、しぶといしぶとい夜空ひな…!」


「まだネムルには速いからだッ!!!」


いつも笑顔か真顔の天Jが声を荒げ、顔をしかめたのは────……寿限無は脳内で計算をした。


残りのヂ力。

ボールのありか。

ドッヂボールにおける

外野の重要性。


「おいっっ!!!」


天Jのいる内野コートの丁度半分5.0m。

右サイドのギリギリまでやって来た外野は──要求した。


夜空ひなは珍プレイに口をぽっかりと開け驚いたものの、──硬く口を結んだ。



「依怙贔屓だ。あたしのヂ力受けとれ! 夜空ひな!!!」



外野が受け取ったパスは、また内野の味方へと返された。


重く帰ってきたそのボールが何を孕んでいたのか、──夜空ひなはワラった。



「フっ。いい風が吹いてきた、えこひいきされる気持ちいい風が!!」



仰々しく掲げる右手の動作は本日三度目。

三度目の正直は、そよ風、吹く風、荒風を纏い嵐となる。



「これが真のドッヂ、────【真・テンペストショットォォォォォォ】!!!」



投げられた真の嵐は、迎え待つ敵の腹へと突き刺さる。


「【捕・ララバイボールぅぅぅ】!!! この程度のそよ風ぇヂ力で抑え込みジャストキャッチ!!! 私の胸でおネムリなさい夜空ひな!!!」


全てのヂ力をキャッチへとベットする。

荒ぶる球……夜空ひなの悪足掻きを受け止め、天Jはこのまま勝利へのジャストキャッチを狙う。


その腹でもがく駄々っ子の風を嵐をみるみると上回らんチカラでネムらせてゆく。



ボールはあか子、


ボールは子ども、



────成長するモノ。



眠る風の攻防を経て膨らんでくるのは期待感と焦燥、そして────赤いボール。


「ボールが、育って!???」


ひとまわり、


ふたまわり、


さんまわり、


膨らみ続けた球技と球技、ヂ力とヂ力。

不幸をネムらせ幸運の風が今、一球────────吹き抜けた。



膜は剥がれ、幕引きのコートアウト。


「ぐがっ!!???」


「これが……」

「これが!!!」



「「ドッヂボーラー夜空ひな」」



□ドッヂカード

吹き抜けた一球、吹きやんだ嵐。

ナイスな転入女子高生、銅児魔高等学校1年星屑組、夜空ひな……と、末広寿限無。

あか部の部長である3年青天組鳥巻天Jと部員たちとの試合に辛くも勝利。

これをもって、あか部はドッヂ部へと正式に改名された。


決まり球

夜空ひな×末広寿限無

【真・テンペストショット】


WINNER 銅児魔高校ドッヂ部

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風雷のドッヂボーラー夜空ひな 山下敬雄 @takaomoheji

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