風雷のドッヂボーラー夜空ひな
山下敬雄
第1話 ドッヂ馬鹿
こんなめでたいらしい名前なのに常に不幸なのは笑えるがもう当たり前に慣れている。
そんなあたしは常々こう思う。
夢なんていらないし。馬鹿なんてやれない。
身の丈以上を望めば望むほどに不幸になっていくシステムが既にある、ならば現状維持に努めるのが健全な人という種としての在り方だ。
授業はだるいけどやる、パシリは嫌な顔して請け負う、床に転んでもそっと床にキスをする。
それが女子高生、末広寿限無。
そんな不完全で完全な私の前で夢や馬鹿なんてめぇーめぇー語るヤツは────────
「ほんじつ満を持して転校してきたナイスJK夜空ひなだ!!!」
「好きなものはもちろんドッヂ!! ビバ、ナイスっ、ドッヂボール!!!」
「夢はとりあえずプロのドッヂボーラーになること! 超有名にもなりたいからなーーー! なーーいすっ…!」
黒髪にガーネット色の瞳、よくわからないツギハギボロ布の汚らしいボンサックを背にひっさげた転入生が夢や馬鹿を大声で語っている。
(なんだぁ……このいかにも甘口のカレーが好きそうなこいつぅ……???)
寿限無の眠気も覚める馬鹿元気な塊が、ほんじつ満を持して
当然のように静まり返る星屑組の一同……そしてざわざわと騒ぎ出した。
荒れてきたクラスルームの雰囲気に、慌てた気の弱そうなメガネの女教師はとりあえず新参の問題児を席につくように促した。
「はっ、はい……で、ではとりあえず夜空さんはきょうは空いている……末広さんの隣席を使ってください!」
「うむっ、あそこか? 了解したぞ先生!」
(しかも隣席……)
足音は近づき、左端列の最後尾の右側。やがて隣接する星のような笑顔に末広寿限無は目を細め会釈した。
▼
▽
時刻は午後3時、本日の授業が終わった。
寿限無にとって特段変わったことといえば隣席のことだが、意外にも特段変わったアクシデントは起こらなかった。転校生の隣席役らしいイベントが数点起こったぐらいである。
(なんかやけに大人しかったな? あぁー、身構えてたからか何故か倍は肩凝った……)
隣の様子をうかがおうと…寿限無が右を振り向こうとしたそのとき────
真っ直ぐ投げ飛んできたなんの歴史、いや────分厚い世界史。
「!?? ──って何投げてんだおい!!! いきなし!?」
5.5メートル。机を越えて左端うしろの席へと世界史が飛んだのはそれぐらいの距離。
オーバースローのフォロースルー……巻き起こした風になびく黒髪が、投げ入れた茶髪の反応を見てニヤリと感心し笑った。
「おーほー! よし、じゃードッヂ部に案内してくれ!」
「────へ? は?」
「ヤルんだろドッヂ!」
「……何言ってんだおまえ?」
「ふっふふ、とぼけるな? 今、だいじなボールをジャストキャッチしただろ?」
「あぁ??」
にやにやしながら指差された〝懐〟をおもむろに怒り顔を下げ見てみる……
末広寿限無は両手でなにかを掬い上げるように、世界史の教科書の厚みとスピードを受け止めていた。
▼
▽
時はかわって授業終わりの放課後、
いつも通りの時間に腹を空かせたヤギを飼育小屋から出し、草とミルクを与える。
今日は2人で────ミルクをこぼしながら飲む愛らしい動物の姿を校庭の片隅でゆったりと見届けていく。
「っておーーい、動物はかわいいがそろそろ本命のドッヂ部に案内してくれ。飼育係もなかなかたのしいがなははは」
「あのなぁ……ここにドッヂ部なんてねぇって!」
何も知らない能天気なキャラに嫌気がさし、末広寿限無は夜空ひなへと語気を強めてそう告げた。
衝撃の言葉を告げられた夜空ひなはまさに面を喰らい、さっきまで笑っていた三日月の口元がO字に変形し驚いた。
「な、なんだと??? プロドッヂボーラーを多く輩出していると噂のここが? ありえないぞ?」
「はぁ……これがその噂のドッヂ部の姿だ、わかっただろ? いつの情報だそれは……」
「これが……ドッ……ヂ?」
白い動物をしゃがみ、赤い瞳で見つめてかえってきた返事は〝めぇ~~〟。
「何を言っているこれはドッヂじゃなくてひつヂじゃないか? めぇ~?」
「ヤギだ!! チッ…」
「あはははははおもしろいやつだなジュゲ!」
「ジュゲって略すななんで下で呼っ、(げっ…)」
『あか部に入るのですか?』
「あか…部?」
突如、背後からきこえたそよ風のような声に夜空ひなは振り返った。
「ええ、私は
同じ銅が錆びたような味わい深い
顔はおっとりと傾げ微笑み、ここらで見かけない夜空ひなのことを見つめた。
「のりまき……てんてん……??? ……何を言っているここはなんだかんだドッヂ部だろ? なんだそのあか部って?? ア、そーだ! そんな分からないことよりちょーどいいところにきたぞママとやら! ちょーどこれで3人と1匹だ! お天道様もナイス上々、早くドッヂをしようぜ!」
「おいマッ!??」
「──…ん? 草ミルク係のジュゲちゃんどういうことなの? わたしはここがあか部じゃなくてドッヂ部だなんて教えていたかしら」
「そっ、それはぁ……ちがくてぇ……」
ジュゲちゃんこと寿限無をあか部の部長天Jは糸目を開眼し、睨む。
口調のやらかさとは裏腹に……すっかりその存在に気圧されたジュゲちゃんはたじたじと……。
「おい、何かは知らないが私はドッヂ部以外には入らん。ひつヂの世話よりドッヂボールが断然好きだからな!」
2人の目と表情のみせた裏の雰囲気に、夜空ひなはきっぱりと言い切り寿限無に向かっていた天Jの視線を断ち切った。
断ち切られた青い視線は赤い宝石の瞳に吸い込まれていき、生まれた僅かな静寂に鳥巻天Jは凝らしていた表情をゆるめた。
「……そんなにあくまでドッヂがお好きなら、いいでしょう……。────ドッヂしましょう♪」
「おおおおおお! 本当か!」
曇りゆく雰囲気は一転、晴れるような微笑みでドッヂという言葉が天Jの口からこぼれた。
前のめりに天Jへと近付いた夜空ひなは再度明るく、確認をしていく。
「ええ本当です。そのかわりと言ってはなんですが、わたしがあなたのいうドッヂのお遊びに勝ったらこのあか部の
「いいぞかまわんかまわんソレで乗ったーー! ふふふ要するに負けなければいいんだろ? そっちこそいいのかならば私が勝ったあかつきにはそうだな? ここを晴れて〝あか部〟あらため正式に〝ドッヂ部〟にさせてもらうぞ!」
「ええ、もちろんそれで。乗りました♪」
「はっはっはーーーなーーーんだ話せば話のわかるドッヂボーラーじゃないかーー! じゃ、さっそくこのドッヂカードで──」
「おい馬鹿ちょっと来い!!! (ぜってぇ受けるなエンジェ先輩はあぁほんわかに見えて滅茶苦茶痺れて眠るほどドッヂがうめぇ! どんな一芸か勝算か自信があるのか知らねぇが無知な田舎もんが馬鹿はやるな! たてつくな! 今すぐ謝って帳消しにして帰れ!)」
ささやきながら耳元で怒鳴る。寿限無は首根っこをつかみ引っ張り、相手の実力もしらず馬鹿を言う夜空ひなへとつらつらと言い連ねた。
「ふふ、ふふふふふ────何言ってるジュゲ、これからが楽しいのにもう相手をみて負け腰かぁ?(耳元であまり怒鳴るなこしょばいぞ?)どんなにドッヂが上手くとも実際にボールをこの手にするまで勝負はわからない、ふっふやるぞドッヂ! よーし!!! こっち側の準備はオーケーだ!!!」
「この馬鹿ぁ……(こっち側…?)」
説得せど、引き出したのは強者に挑む闘いの前の笑いと熱いマインド。
夜空ひなは待ち佇んでいた鳥巻天Jへと意気揚々にサムザップした。
▼
▽
「まじでやるのか…ドッヂ……」
負ければあか部に入部。勝てばあか部はドッヂ部に正式改名。
どちらにせよ大事は避けられない。
もはや引き返せないレールへと不安気な揺れ方をする暴走トロッコは突き進んでいく。
乗り合わせたヤギがアウトゾーンで、めぇ~~と鳴き、ブレザーポッケから取り出させた2枚のカードは掲げられた。
学校グラウンドの片隅で今、
「「ドッヂカード起動…」」
「ゲットコート!!!」
「ゲットコート♪」
敵側と味方側、10×10の闘いのメイン舞台がそれぞれ共鳴し光り描かれていく。
寸分の狂いなく綺麗すぎる特殊なドッヂボールコートが2人をその内側にのせて囲い────出来上がった。
「カードが示すのはこちらのボール、そして先行ボールですね」
「あぁ、かまわん」
夜空ひなと対峙する天Jはドッヂカードの裏面を翻し見せて、天J側のボールを使用、天J側の先行スローから始まることをニヤリと告げた。
「しかしそちらの外野がひつヂだけでは──」
夜空ひなが背を振り返ると、ひつヂは優雅にコート外の外野の草を食べている……。
天Jはおもむろに胸シャツの間から取り出した棒状の何かで、音を鳴らした。
玩具のガラガラと鳴る音に、いつの間にか────うつろな目をした取り巻きは集う。
そして不意打ち気味に膝を狙う天Jの鋭いショットから始まった、夜空ひなを囲う包囲網は次々と赤いボールを撃ち回しながら、ターゲットを追い詰めていく。
内野から外野、外野から外野、訓練された部員たちの素速いパスワークが夜空ひなの最初の一球で大きく崩れた姿勢のまま、リカバリーすることを許さない。
「ッ──かまわん!」
「ふふ、今、
高速パスワークで獲物を崩し終えて部長の下す的確な、チェックメイトのタイミング。
ガラガラの合図とともに、現代ドッヂボールにおける特別でありふれたチカラ、〝ヂ
今、受け取った球を投げた。
「この体勢この速球は終わった……!! やっぱりふざけているようでコイツはドッヂに関してふざけてはいねぇ……このパスワークと出し入れの前に並のドッヂボーラーは……!!!」
向こう岸の外野で激しいボールの行く末をはなれ見守る寿限無はこうなる未来が見えていたにも関わらず、もっと馬鹿者に怒鳴りつけた忠告をしなかったことをその瞬間、少し後悔した。
そして迎えた目を凝らしながら細めた────瞬間。
砂埃を巻き起こし、ぶつかったボールの音が鳴り響く。
そのシルエット、その構え、寿限無は痛そうに細めていた目をパッと咲かせるように見開いた。
「ハンドキャッチ……! いやジャストキャッチ…!! ビタリ……動いてねぇ…!!!」
「なるほど銅児魔高校ドッヂ部……いい球だ。だがしかし、このハートまではあと一歩、足りやしない!」
「……!?」
現れた砂にぼやけた存在は、ニヤリ。
心臓に届く手前の両手で受け止めたボールを、ゆっくりと上げた片手に留めて……仰々しく構えたままヂ力を高めていく。
やがて徐々に巻き起こるのは風か、そよ風か、長い黒がなびき砂粒が再びざわめいている。
「避けても受けてもかまわん……避け受けれるものならな!! ならばいくぞ! ────【テンペストショット】!!!」
そよ風、吹く風は深緑の木の葉揺らす強風、まるで嵐。
オーバースローで投げられた風纏うボールは、
睨む赤目がターゲットした巨大な熊のぬいぐるみをお返しとばかり吹き飛ばし、腹を貫いた巨体、うつろな顔も忘れた慌てふためく内野の部員もろとも吹き及ぶ嵐に呑み込んだ。
「とっ、トリプルアウト…!? 風…いや嵐……なんつぅ球技……! 甘口カレーじゃないのか……?? なんつぅ〝ドッヂ〟しやがる夜空ひな……!!!」
その吹き抜けた風嵐の一球はすべてを靡かせる。
砂粒も、はためくそれぞれのカラーも、凝り固まっていた人の心さえも。
夜空ひな、銅児魔高校に投げ入れられたドッヂを愛しすぎた異質の存在はさらなる魂を揺さぶる一球、さらなるナイスな波乱を、熱帯びてきたその手に構えノゾんだ。
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