第44話 女伯爵の私室にて

「あら、とても上手!」

「恐れ入ります」

「頼んではみたものの、ここまで見事だとは思わなかったわ」


感嘆のため息をこぼしたアデははしゃいだように何度も角度を変えて鏡を覗き込む。


「帝国の貴婦人は、頭に薔薇を咲かせると聞いてどういうことかと思っていたけれど……これは素敵ねぇ」

「お喜び頂けて何よりでございます」


ケイトは夜着姿のまま椅子に座るアデの髪を複雑に編み込み、帝国で流行の薔薇のような形に整えた。


先ほどアデはまるで寝起きのような夜着のままでケイトを出迎えた。まさか随分とな手段にでたのかとも思ったが、さすがに誘惑してくるような真似はせず、アデは「帝国で流行の髪型にしてちょうだいな」とケイトに笑いかけたのだ。

夜着姿を異性に見せるなど、皇国でも随分とはしたない行為のはずだが、皇妹ともなると侍従など男とは、いや、同じ人間とは思っていないという証なのだろう。

それはそれで、高貴なお人らしい愉快さだなどと考えながら、ケイトは跪くと完璧な微笑を浮かべてアデを見つめた。


「私がこれまで目にしたご婦人の中で、アデ様の咲かせてらっしゃる黄金の薔薇が、最も優美で華やかにございます」

「あら、本当かしら」


 満更でもなさそうに微笑むと、アデは近くにいた侍女を呼びつけ、この髪型を覚えておくようにと命じた。


「次にときは、この髪型にしたいものね」


さらりと、傲慢な願望を口にしながら。








「ねぇ、あなたはいつから皇国に?」

「ほんの一年ほど前からでしょうか。……熱うございますので、お気をつけて」

「ええ……あら、良い香り」


続いて帝国流の茶が飲みたいと言うアデのために、ケイトはアデの用意した茶葉の中からいくつかを選び、配合して差し出した。


「帝国で『貴婦人の薔薇』と呼ばれる茶にございます。生半可な商人では手の届かない高級な茶葉を複数、特殊な配合で合わせたものでして……この茶を淹れるために必要な茶葉が全てアデ様の元にあったのは、やはり運命かと」

「うふふ、あなたは本当に口が上手いのねぇ」


ケイトの世辞を心地良さそうに受け取りながら、アデは寛いだ様子でゆるりと唇を釣り上げる。

現在アデの私室にいるのは、アデとケイトの他は、先ほどケイトを呼びにきた年嵩の侍女のみだ。おそらくアデの腹心なのだろう。動揺のない無表情で、ケイトとの会談を見守っている。


「私が皇都にいた頃に知っていれば、あなたを迷わず引き抜いたのに」


皇太子の侍従に対して、随分と弁えのない発言だが、アデはさも当然のように口にする。そしてケイトも、至極残念そうに眉を下げながら微笑んだ。


「それは口惜しいことにございます。私が皇城にお仕えし始めましたのは、この数ヶ月でございますので」

「まぁ!それで皇太子付きになるとは、優秀なのねぇ。を使ったのかしら!」


小気味良さそうに笑い声を立てながら、目を細めて挑発してくるアデに、ケイトはにっこりと笑みを返す。


「先代の侍従長に『気に入って』頂けまして」

「『先代』の?」


かすかにアデの目が見開かれる。


二月ほど前に高齢のため引退した先代の侍従長は、代々王家の侍従を務める名門の出で、アデが皇女として皇家にいた頃はアデに心酔していたと聞く。

高齢を理由に職を辞した彼は、少し前まで過去の横領の疑いをかけられ、謹慎していた。

けれど確たる証拠がないということで、謹慎が解かれたばかりだ。


つまり、レナードにより、まだ男だ。

 裏に潜むを捕まえるために。


「……彼は厳しい人だった気がするけれど、ほんの数ヶ月でどうやって気に入られたの?」


探りを入れる眼差しに、ケイトは動揺もなく、表情の読めない微笑を返す。


「ふふふ、わたくしは、ございますので」

「……あら、言うわねぇ」


ケイトが瞬きと同時にふわりと薫らせた色香に、アデは吐息と共に唾を飲む。


「アサド様にも、お美しい奥方にも、『腕が良い』と褒められました。……アデ様にも、きっとお気に召して頂けるかと……」


誘うような眼差しで、そっと茶器に添えた指先を動かせば、空気さえも濃密に薫り始める。

背後に立つ年嵩の侍女がわずかに動揺する気配を感じたが、ケイトは頓着せず、アデを見つめ続けた。


「まぁ、でもあなたは、皇太子付きの侍従でしょう?」

「仰る通り……」


妖艶な流し目を送りながら、アデは試すように甘く問いかける。アデの反応に手応えを感じながら、ケイトはあえて眼差しに傲慢さを忍ばせて、目の前の野心深き女狐を見返した。


「アデ様。……私は、このにお仕えするものにございます」

「まぁまぁ、ふふふ」


小気味良さそうに笑い声をあげて、アデはケイトの淹れた茶を一息に飲み干した。空の器の底に書かれた薔薇の印に、かすかな濁りもないことを確認して、笑みを深める。


「ねぇ、本当はあなた、私を探るための間者なのではなくて?」

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