第25話 後宮の応接間にて

四阿での語らいから二日後、レナードはお茶の時間に合わせて、側近二人を連れてきた。


「バートンとエリックを連れてきた。入れていいか」


部屋の外に待たせて一応ケイトの確認を取ったのは、レナードなりの気遣いだったのだろう。

しかし気を遣うならば、連れてくる前に、そもそも謝罪が必要かを確認をして欲しかったとケイトは頭を抱えた。


「謝罪など、不要と申しましたのに……」

「そういう訳にもいかん」


ケイトからしたら迷惑なほどに、毅然とした態度をとるレナードに、ケイトは項垂れた。

この皇子に、正道以外は通用しないのだと、しみじみ実感したのだ。


「……分かりました。もう、御出でなのですね。では、どうぞ中へ」


面倒だと思いながらも、ケイトが諦念交じりに迎える準備を指示しようとすると、レナードは「あ」と何かを思い出したように声を上げた。


「茶の準備は、ひとまず俺は抜いておいてくれ」

「へ?」


首を傾げたケイトに、レナードはひょいと肩をすくめて、片方の口角を上げた。


「ちょっと、女官長に呼ばれていたことを思い出した」

「女官長に?」


後宮の侍女と女官を統べる女官長に呼ばれたとは何事かと、ケイトは顔を強張らせた。

後宮で何かあったのか、もしくは、後宮の人間に何かあったのか。

それとも、レナードが……妃でも、迎えるのか。


「何か、ございましたか」

「ん?いや、まぁ、大したことじゃない。春の宴の打ち合わせだ」

「春の宴?」


緊張を漂わせたケイトを安心させるように微笑んで、レナードは簡単に説明をした。


「あぁ、北の短い花の季節を愛でる、宴だ。皇宮全体でやる宴で基本的には母上とともに、父上の後宮の女官長が取り仕切るのだが、私の宮からも人を出すことになる。その打ち合わせだ」

「そのような宴があるのですね」


随分と軽やかな話題に、ケイトはほっと息をつき、表情を緩める。

首を傾げて宴を想像しようとするケイトに、レナードは特に気負うこともなく、楽し気に告げた。


「あぁ、その宴は無礼講だからな。お前も出られるぞ。楽しみにしていろ」

「っ、え、ええ」


悪戯めいた輝きを浮かべた瞳を柔らかく細めてケイトをまっすぐ見るレナードに、ケイトは思わず動揺して返事に詰まってしまった。

平静を装えなかった自分を恥ずかしいと思いながらも、ケイトはレナードの心遣いに、こみ上げる笑みを抑えることが出来なかった。


だから、忘れていた。

今回レナードが来た目的を。


「おい、エリック、バートン。入れ」

「はっ」

「失礼いたします」


うっかり忘れかけていたケイトは、扉から現れた二人組に、思わず小さく深呼吸をした。

この二人と、一対二で会話をするのは、それなりに消耗しそうだ。

そう思ってうんざりとしているケイトには気づかず、レナードは部屋の外で待機していた二人を平然と招き入れている。

そして、「それでは、また戻る」と告げて二人と入れ替わるようにレナードは出ていった。


「……はい、それではお待ち申し上げております」


先程までの浮かれた気分が嘘のように、肺の空気を全部出すような溜息をつきたくなりながら、ケイトは二人を招き入れて、レナードを送り出した。

ケイトにとっては厄介でしかない側近二人を置いて出ていくレナードの後ろ姿に、ケイトはどこか恨みがましい視線を投げるのだった。




「この度は、誠に申し訳ございませんでした」


扉が閉まり、ケイトが二人へ向き直ると、バートンは頭を下げ、軍人らしい礼をした。

あまりにはっきりとした謝罪に、ケイトは戸惑って首を振り、困ったように声をかける。


「どうぞ、顔を上げてくださいませ。単純に、私がバートン様より、弱かっただけのこと」

「いえ、私の読み違いでございました。ケイト様は、私と同等程度には、戦える方のようにお見受けしましたもので、つい、本気を出してしまいました」

「……おや」


案の定、ただ謝罪する気もないらしいバートンに、ケイトの表情に笑みが浮かぶ。

むしろ余裕を取り戻したケイトは、敢えてくすくすと小さな笑い声を立てた。


「皇国で三指に入るバートン様と並ぶと?」

「えぇ、本気で掛からねば、地に倒れるのは私だろうと。それほどの気迫と殺気でございました。まるで、歴戦の猛者のような」


顔だけは殊勝に真面目な表情を浮かべながらも、言葉で切りかかろうとするバートンを、ケイトは笑みを浮かべながらあしらう。


「ふふ、私などの腕を、だいぶ買ってくださっていたようで、嬉しいことです」

「バートンが言うのですから、ケイト様の技量はきっと本物でございましょう。……剣などでは、納まらぬ器なのかもしれませんが」

「買いかぶりでございますよ。そんなにお褒め頂くなど、恐れ多いことでございます……」


バートンの隣に立つエリックは、驚くほどに完璧な微笑を浮かべながら、ちっとも笑っていない目で射貫くようにケイトを見て、口を開いた。

面倒極まりない絡み方をする二人に、ケイトはすでにうんざりしていた。


あの真面目皇子め、勘弁してくれ、と心中でレナードを罵倒したくなりながら、ケイトは歌うような声で二人へ語りかけ、優雅にテーブルを指した。


「よろしければ、お茶でも飲んでいかれますか?レナード様も、じきにお戻りになることでございましょう?」

「……はは、我々よりも、ケイト様の方が、よほど殿下の動向にお詳しいようだ」


嫌みな笑い声をあげながら、エリックは目を細めてケイトを見た。


「それでは、少々お話でもさせて頂きながら、お待ちいたしましょう。バートン、よいだろう?」

「……構わん」


エリックの言葉に、バートンは無表情で頷いた。

そして二人が並んでテーブルにつき、ケイトは笑みを絶やさぬまま、二人の向かいにふわりと腰を下ろした。


「では、アン、お茶を」

「はい、ただいま」


先日はバートンに対して怒り心頭であったはずのアンだが、静かにケイトの言葉に従い、三人のカップに紅茶を注ぐ。

表情を出さずに給仕をするアンに、ケイトはやはりこの娘も貴族なのだと、妙なところで実感したのだった。

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