暴力をふるうだけ世界に幸せが満ち溢れる話

ちびまるフォイ

幸福の果てにある世界

「おや、こんな時間にわが教会になんの御用ですかな」


「噂を聞きました。あなたは多くの人を幸せにしているとか」


「おこがましい。私なんてまだまだですよ」


「それで、これを渡しに来ました」


「なんですかこのグローブ?」


「暴力的な幸せ装置です。

 あなたの近親者や仲の良いご友人に

 暴力を振るうと、その1000倍の幸せを多くの人に届けます」


「……はい?」


「聞こえませんでしたか?

 このグローブで誰か殴れば、

 その何倍もの人が幸せになるんです」


「ふざけないでください!

 私はこれでも聖職者ですよ!

 そんな暴力だなんて……!」


「こんな小さな教会で手で数えられるだけの人を救うのと、

 グローブでもっと大きな世界を救うのと、

 どちらが重要かは神に仕えるあなたならわかるはずだ」


「……」


「まあ使わないならそれでも構いません。

 グローブはあなたにお渡しします」


男からグローブを受け取った教祖は悩みに悩んだ。

最初は飼っていたペットに暴力をふるった。


「ごめん、ごめんな……痛かっただろう……」


すぐに謝り、叩いた頭をなでていると

ニュースで遠くの土地での貧困が急に改善したと報道された。


「冗談じゃ……ないよな……?」


何度も確かめたが、報道は嘘ではなかった。

理由も原因も経緯もわからないということ。


この世界でそれを知っているのは教祖だけだろう。


グローブの力が本物であることを確信する。


「せめて痛くないように……」


それからもペットに暴力をふるい続けた。

わかったことは暴力の規模によって効果が変わること。


強い力で叩けば、より多くの人を幸せにする。

弱い力で叩けば、たいした効果は得られない。


「私はもっと多くの人を幸せにしなくちゃいけない。

 たとえそれが私が悪になったとしても……!」


ペットに暴力をふるい続けたことで、

ついにペットは命を落としてしまった。


妻は一緒に過ごした家族の急逝に泣き崩れた。


「なんてひどいことをするの!!

 暴力をふるうなんてひどすぎる!!」


「すまない。私はただ多くの人を救いたくて……」


「そのためなら、この子はどうなってもいいの!?

 あなた人間じゃない!! 化け物よ!!」


「……なんだと」


反射というのが近かった。


教祖は泣き崩れていた妻に暴力をふるった。

それにより地球の地殻変動が収まり、大地震の脅威が消えた。


「私が!! どんな思いで!!

 暴力をふるっているかもしらないくせに!!」


「痛い! 痛いわ!!」


「私はお前とは違うんだ!!

 もっと多くを救い、高みで世界を見ている!!

 なにも知らないくせに指図するな!!」


怒りが収まるまでボコボコに殴ったあとは、

妻とはそれきりとなってしまった。


「暴力を振るうなんて最低よ!!」


その捨て台詞が最後だった。

長年連れ添ったはずだが、特に教祖は気にならなかった。


「私はひどい人間で、はたからみれば極悪人。

 しかし、自分の手を汚さなければ世界を救えない……」


自分が地獄に堕ちる覚悟はできていた。

教祖はそれからも暴力をふるい続けた。


友人に。

親戚に。

兄弟に。


「これも世界のためなんだ……!」


教祖は涙を流しながら、感情を殺して暴力をふるった。


それにより世界の景気はよくなり、エネルギー問題も解決。

地球温暖化も解消され、宇宙進出でテクノロジーも向上。


なにもかもうまくいった。

教祖の周辺を除いては。


気がつけば暴力のうわさは広まって、

誰も教祖には近づかなくなってしまった。


「ああ、なんということだ。

 これでは暴力をふるっていい人がいない。

 私は世界を幸せにできない!!」


せっかく教祖が良くした世界なのに、

おろかな人間はふたたび争いや淀みを放っていく。


温暖化が解消されたのをいいことに、

また温暖化が進むような悪事を進めている。


「早く暴力を振るわなくては。でも誰に……」


教祖の近くにはもう誰も近寄らない。

もう信頼などされないことを理解し、託すことを決めた。


数日後、自分が見込んだひとを教会に呼びつけた。


「教祖様、お話ってなんですか?」


「実はこれを君に託そうと思っている」


「このグローブは……?」


「暴力的な幸せ装置、という。

 これで暴力を振るうと、多くの人を幸せにする」


「それじゃ教祖様の暴力の噂は……!」


「いいんだ。周りにどう思われようと、

 私は多くの人を救うために生きているのだから」


「こんな大役……」


「君にだから託したんだ。

 君は賢い。聞けば工学部も首席だったそうじゃないか。

 そんな賢い君だからこそ、託せると思ったんだ」


「教祖様……!」


「やってくれるね」


「ええ、もちろんです。

 教祖様のように……いえ、それ以上に。

 もっと多くの人を幸せにしてみせます!!」


「ぜひ頼むよ。君がこの世界を幸せにするんだ」


教祖は最初にグローブを受け取った日のように、

今度は自分が悪しきグローブを未来有望な若者に託した。


それからグローブのない生活を過ごすことになる。


暴力のしがらみから解放された教祖は、

晴れやかな一方でストレスに苦しんでいた。


「うう……私はこんなにもストレス解消を暴力に依存していたのか……」


ついに耐えられなくなり、教祖は託した若者のものを訪れた。


「教祖様! ごぶさたしております!」


「実はおりいって話があってね。

 君に託したあのグローブだが一時的に返してもらえないか?」


「ええもちろん。どうしてですか?」


「ちょっとストレスに耐えられなくて……」


「それは大変です。さあどうぞ」


「すまないね。ちょっと解消してきたらすぐ返すよ」


「いえ、そのままもらっちゃってください」


「え? でもそれはダメだ。

 私が持っていると、君が暴力をふるえないだろう?」


「そんなことないです」


教祖の言葉に若者は晴れやかな顔で答えた。

その手には別のグローブがはめられていた。



「暴力グローブの量産し、大量に配布したんです。

 これでもっとたくさんの人が幸せにできますよ!」




世界がこれ以上無い幸せの天井に達したとき、

その世界に残されたのは暴力だけとなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暴力をふるうだけ世界に幸せが満ち溢れる話 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ