山田小太郎③

  「僕が、世界を救います。」


 「そうですねぇ、北に何か強いものを感じます。」


 「まぁ、感謝することになりますよ。」

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 僕はただそこにいるだけで有名人扱いをされた。感謝の言葉も尊敬の眼差しも、全て一心に享受してきてしまった。

 最初は持て囃されることが嬉しかった。何をせずとも、予言が当たり、期待された。僕は何かに秀でているわけでもなければ、主人公のような精神性を持っているわけでもないし、ましてや世界を救う力などもない。そんなことは誰よりも理解しているつもりでいた。しかし、毎日濁流のように流れ込んでくる好意に流されてしまった。雑誌やTVの取材では海外の俳優の如く丁重にもてなされ、街を歩けば涙を流しながら感謝されることもあった。まだ20年も生きていない人間が抵抗できる力ではない。ではないと、思いたい。【山田小太郎】なら、僕が本物の【山田小太郎】ならば、

 「僕は世界を救う力などはないし、僕の発言は全て貴方達が持っている救世主像を演じているだけなんです。」

 と言えただろうか。逆に皆に安心を与えるために救世主を演じ続けるのだろうか。救世主の【山田小太郎】ではない僕は、周囲の目が怖いから、救世主であること以外にアイデンティティを持てないでいるから、この位置から動けないでいるだけなのに。

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 「そうですね。何かを持っているわけではないですけれど、『感じる』と言いますか、なんか『分かる』んですよね。笑」


 「僕はただ日々に感謝しているだけです。」


 「美味しいですね。世界、救えそうです。」

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 予言の内容が内容なだけあって、向けられるのは好意だけではなかった。人が悲しむ悲惨な災害、国の一大事。多くの被害と命の犠牲の上で、僕の価値は保たれている。僕は悪くない。けれど、僕を恨む人も少なからずいた。

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 「お前のせいで、俺の家族が。」


僕の所為じゃないですよ。地震なんだから。理科の授業でやっただろうに。


 「あんたは人の不幸で飯を食っている。反吐が出る。」


求められているから、やっているだけなのに。僕は誰1人だって不幸にしていない。第一、貴方は誰かを傷つけ、不幸にして飯を食ったことがないと言い切れるのか。


 「あれはね、ペテン師ですよ。名前が同じだからって持ち上げられてるんだ。私はね、あの手の輩が大嫌いなんだ。」


そこまで分かっているなら、どうして救ってくれないのか。僕は生まれたときから名前のせいでペテン師なんだ。どうして僕の意思だとおもうんですか。


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いつだって反論が頭に浮かんできた。山田小太郎という名前を持っただけで、恨まれたが、ただそれだけで持て囃されてきたのだ。僕にはそれしかなかったから、恨まれたことにだけ文句を言うことは出来なかった。自ら【山田小太郎】になってしまったのだから。そう気付いた頃にはもう遅かった。


 と言っても、簡単に割り切れるわけでもなく、僕は半年間部屋に篭った。正解がない問題をずっと考え続けた。

 そうして一つの答えに辿り着いたのだ。予言によれば、僕が、いや【山田小太郎】が世界を救うのは年を跨ぐ時だという。ならば、僕は【山田小太郎】として、年を越す前に死のう。

 僕が死ねば、僕が救世主だと信じる馬鹿どもをたった数時間でも絶望させることができるだろう。もしも僕が本物の【山田小太郎】であっても世界は消滅。救世主は死に、世界は救われない。

 そうして僕に罵倒を浴びせた人間が、僕の亡骸を見て、少しでも責任を感じたら良い。

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そして気付けば2024年12月31日。その日がやってきた。



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