第5話

気づけば母の重い体は私の下に転がっていた。

赤い血液が私の靴下に染みて、濡れていた。


雨で濡れた靴をずっと履いている感覚だった。



殺してから、もう何分も経過していた。

蝉の声だけがベランダから聞こえていた。



結局、父が死んでから後の人生は全てがよくないこと続きだった。

その道は間違いだと神様が言っているようだった。


母を刺したナイフを右手に握りしめて私は深く息を吸う。

立ったままで足が痺れてきた。



このまま殺人犯として警察に入るのもよし

だが、生きている価値などない。神様に見捨てられたのだから。


「死のう、これでいい」


首に刃を当てて、左手でナイフを持った震えている右手を抑えた。


大丈夫、もうここで間違いなだ終わりだ。

母も、私も、家族も楽になった。

父も、いるはずだ。



ベランダの向こう、父の姿が見えた。


私をみて、「おかえり」と言ってくれるいつしかのお父さんの姿が。







『一家心中するつもり?こんな昼間から』



「へっ? あっ、えっ」




父じゃない、スーツの男の人が立っていた。

鍵をかけていたベランダからなぜかするりと部屋に入ってきて、私の目の前に立っていた。



『やあ、今死ぬなら僕と契約してくれない?』





死神、だろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せになりたいだけなのに ハルノ @lie_story

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ