第52話
王后は簪と、それが入っていた箱を稜星に差し出す。
「持って行って。この簪は、壊してしまったものの代わりとして、淳風様が許大盟殿に作ってもらったものなの。けれど『代わりになんて、ならないかもしれないけど』とも仰っていたわ。今の話を聞く限り、私もそう思うけど」
夫が妻に贈ったもの。その代わりとは成り得まい。よく分かっている。それでも、せめて心を贈ろうと。
稜星が受け取り、王后は一つ肩の荷が下りた、と気を抜いた表情になった。が、次いで王后は、迷夜を見た。その時には既に、気を引き締めつつも笑うしかない、といった顔をしていた。
「まさかねぇ。貴女が来るなんて思いもしてなかったのよねぇ」
「…それは妃として後宮に入ると思わなかった、という意味ですか? それとも、今この場に来ると思わなかった、という意味ですか?」
「両方よ」
すっぱり言われてしまう。
「……そうですか」
それ以外に返す言葉が無い。
「三年前から遺言状を準備していた時点で、どう考えてもそこの部分…許大盟殿と迷夜の名前の書かれた部分で、稜星様が『誰だ、それは』と思うだろうなぁって話していたの。簪そのものは十七年前に作ってもらったのだけど、『職人とはいえ、己の作ったものであっても、流石にそれほど時間が経ち過ぎたら忘れているんじゃないか。詳細を説明してもらうなんて出来るのか』と真剣に考えてたこともあったわね…」
それはそうかも知れない。相手方の事情が、自分の思うところと合致しないことは多々ある。
「うちの父なら記録してますし、記憶してますよ」
王の懸念は、懸念だけで終わった。
「ええ。そのようね。指輪の件の時にそれは思い知ったわ。貴女もまた、大盟殿の仕事を記憶しているのだと」
恋麗がそっぽを向いたようだ。聞きたい話では無いのだろう。今後、恋麗が攻撃してこない限り、迷夜の方からは何か行動を起こす気は無い。言いたいことは言ったし、やりたいように振る舞った。後は恋麗次第だ。攻撃されたら、全力で迎え撃つつもりではあるが。
「後宮に来る妃の名前を聞いた時、心底驚いたわ。遺言状を書くに当たって、調べた子の名前だったもの。指輪の件では嬉しかった。期待以上だったから」
「…………。すみません。今のお言葉だと、妃になる前から調べられてたんですか、私。しかも期待以上って…何を期待されてたんでしょう…?」
「淳風様に迷夜の様子を話すと、にこにこ笑ってらしたわ」
「……。………」
答えてくれる気は無いようだ。据わりが悪い。何故か自分のことが、以前から国王夫妻で話題に上がっていたらしい。…ええぇ?
迷夜は一瞬、父の仕込みかと疑ったが、父は本当に『賢夫人への贈り物』の依頼主を案じているようだった。王であることは掴んでないだろう。となると、迷夜の後宮入りは本当に伝手が欲しいがためということになる。
父の掌で転がされることは承知しているが、やはり身構えられるところは身構えておきたいので、正しい情報は重要になる。
が、王后相手にそれを取得するのは至難の業だ。とりあえず害が無いなら置いておこう。
稜星が皆を促す。
「行こう。……では、王后様。これにて失礼致します」
「今度はゆっくりお茶を飲みに来てね。 迷夜もよ?」
王后は手を振ってくれた。疲労の影が濃い。…王后様もしっかり休めると良いのだけど。
口には出さずに、ちょっとだけ思った。
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