第48話
「今、彼を狙わせた者、速やかに名乗り出なさい…!」
王后は一喝したが、応えは無い。
「ふざけたことを…!」
舌打ちし、王后は激怒していた。いつもの怖さとは異なる怖さがある。これは迷夜以外の人間にも伝わったらしい。孝心は梢花の肩に手を添え、梢花は孝心にしがみついている。王族の皆様の中には震えている者もいた。
「申し訳ないことをしたわ。稜星様。必ず、誰が命じ、誰が実行したかを明らかにするから」
「ええ、頼みます」
衛士の一人がやって来る。王后と少し話してまた離れていく。どうやら実行犯は捕らえられたらしい。
迷夜は静かに視線を滑らせる。王族の一人に目を留めた。…あの人、青褪めて震えている。勿論、それだけで決めつけることでは無いけど。
「……。王后様。俺がここに来たのは、遺言がどう、とかについてじゃないんです」
迷夜は稜星の言葉に、彼を見つめた。王后も同じように言葉を聞いている。
「俺の血筋が正統であっても、王…主上は『李稜星を次の王にしろ』なんて遺言に書いてないでしょう」
「……何故、そう思うの?」
王后は遺言状の内容を知っている、と遊道は言っていた。今の返しは、肯定だろうか。
「俺にその気が無く、更には向いてないからです」
きっぱりと稜星が答える。
王族たちはどよめいた。正統な血を引く者が王位を要らないと言い切った。彼らには喜ばしいことなのか、それは。
迷夜としては、そんな稜星が望みそうに無い当然のことより、この発言をしたことによって今後、稜星を狙う輩がいなくなれば良いのになぁと思う。敢えて強く主張しないと聞いてくれないのか、この人たちは。
「その気が無いのはともかく、向いていないの?」
「向いてませんね。俺は未来のこととか考えるの苦手なんです。国の…多くの民の未来のこととか、考えれません」
胸が、痛い。迷夜は我知らず、唇を噛み締める。
それは、自分の母親の最期が関係しているのでは無いか。稜星にとっては癒えることの無い痛みだろう。迷夜が今、感じているものよりも、ずっと。
「俺が考えれるのは、ほんの一握り。…好きな人たちのことだけです。何があっても失いたくない、そう想える人たちだけ。他は適当に頑張ってくれ。…そんなのが王様になったら、国民のいい迷惑でしょうよ」
だけど、稜星は確信に満ちた声で笑う。自分には大切に想う者たちがいるのだ、と。
「主上は俺がそういう人間だって、気付いてたでしょうし」
「え」
「む。…そうなのか」
孝心と遊道が小さく驚いたようだった。そこでようやく、梢花が孝心から離れている。…結構、長くくっついていたのは指摘しないことにしよう。怖かったのだろうし。
「…初めて王城に来て玉座を見た時、『あー、あの時の人だー』って思ってたんですけど。子どもの頃に母さんが……殺された時に、止めようとしてくれた人。…俺は小さかったけど、何でか、覚えてた」
王后は目を瞑った。
「王城に初めて来た時も、目が合った気がしてたんだ。その時は、気のせいで片付けたけど。……でも、その後も。王城の中で、たまに視線を感じてそっちを見ると」
最も高貴な装束に身を包み、実際誰よりも高みに居る筈のその人がこちらを見ていたのだと。稜星はゆっくりと瞬いた。
「父さんも…母さんのところに行った直後だったし、代わりに見守られてるみたいだった。身分が違い過ぎるし、会話も何も無かったけど」
優しく大切にしたい空気が、そこに流れていた。
「…伯父上たちには言ってなかったけど、俺は主上に勝手に親しみを感じてたんだ」
自分を亡き者にしようと命じて、結果、母の命を奪わせた相手の、息子。稜星にとって王は仇の息子だ。だが、憎しみの対象にならなかった。
「俺は主上を尊敬してる。主上は長年に渡り善政を敷いておられたと思う」
稜星が王后に向き直る。
「お悔やみを」
稜星に続き、迷夜も礼をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます