第47話
喪に服しているから、当然ながら皆様、質素な装いだ。それなのに、こんな無駄に広い場所に集まって、ちぐはぐな。
迷夜はとある女性を見掛けて、数秒悩んだ。
嗜み程度の化粧と、簡素な髪型。先日後宮で会った時とは別人のように映る。だが、あの耳の形。重そうな耳飾りを外せば、ああいう形になるのではないか。ここ数日の色々を思えば、謹慎どころでは無いだろうし。
恋麗…少々自信は無いが恐らく恋麗だろう女性は、迷夜に気が付くと鬼のような形相で睨み付けてきた。派手な髪型や化粧、煌びやか過ぎる装束を身に付けている時より今の方がずっと良いのに、表情一つで台無しにする人である。
「迷夜」
王后に呼ばれて、そちらを見る。
「……、はい」
一瞬、返事に詰まった。気付かない者は、気付かないだろうが…王后は少し痩せて見えた。やつれた、と言う方が正しいか。
迷夜は、ほんの少し恥じた。自分にとっては怖い人の王后だが、何しろ夫を亡くしたばかりなのだ。心の不調から、体調を崩すことだってあるだろう。
「来てくれて嬉しいわ。それと。…そちらの方を連れて来てくれてありがとう」
真っ直ぐに稜星を見つめる。
「連れて来たというよりは、私が付いて来たつもりだったんですが」
だが、衛士に扉を開けさせたのは一応は迷夜なので、連れて来た感が出てしまったかも知れない。
王后は表向きは、いつも通りだ。彼女のいつも、をそれ程知る訳では無いが。だが、部屋に居た他の面々からは、緊迫した空気が漂ってくる。
「ちょうどね。お話が、あらかた終わったところだったの」
話。昔話。稜星が教えてくれたこと。
王族の皆様の間にも、話しておかねばならないこと。まずは認識を共有しておかないと。…いや、それが出来て無かったから宰相は勇み足を踏んだのか。
「さて、李稜星様」
王后が箱を示し、己の首から細い鎖を外す。
「貴方もこちらの事情は大体ご存知の筈。遊道が色々画策していたものね。…この箱と鍵は貴方を待っていたの。どうぞ、その手に」
「……。稜星さん?」
稜星は先程から黙りこくっている。王后の言葉にも反応は無い。これは…様子を窺ってる? 何の?
「!」
迷夜は身を竦めた。我ながら何に対してなのかは分からなかったけど。
かつん、と近くで音がした。
「……え」
気が付いた時には、稜星に後ろから抱きすくめられていた。
「なっ。……、え」
抱きすくめられている、と言うより、これは。
「稜星さん! 怪我はっ?」
体を捻り、その腕を掴む。
「無い。あっちも。…そっち大丈夫だな? 孝心! 梢花も」
「おう!」
「は、い」
見ればすぐ近くで、こちらと同じく梢花が孝心に抱え込まれていた。返事の通り、大事は無いようだった。息を吐きたいところだが、安堵してはいけない。
壁に、細く傷が付いている。遊道がそこに近付いた。床には銀色の。あれは。
「匕首、だな」
確認の声音が低い。
稜星を狙ったものと思われるが、近くに居た迷夜や梢花たちだって危なかっただろう。庇ってくれて助かったが、よく気付けるものだ。遊道が軌道から考えて、投げた相手がいたであろう場所を特定している。
それを迷夜は目で追った。…気が付く方も投げる方もとんでもない。この距離を、よく。それにしても、遊道の間諜だけでなく、こういったのも紛れ込んでいるのか。なかなかに澱んでいる場所だ。
「逃げた、か」
耳を澄ませば、先程の衛士たちの声が聞こえる。入り口を守る彼らを押し退け、逃走したようだ。衛士たちは声からして、大きな怪我などはしていないらしい。
稜星が腕を緩めたので、そっと離れた。
「ありがとう」
「……。元は俺の所為だと思うけど」
「違うわ。狙ってきた人の所為よ」
俯きがちに言うので、全力で否定する。そんな訳無いでしょう、と。それにどうせ俯くのなら、背の低い自分と目を合わせてくれれば良いのに、とも思う。口には出すつもりは無いけど。
稜星がこちらを見た。目を細めて、今度はその後ちゃんと笑った。…何故だろう。それが自分が生きていて、稜星の責任を否定したことへの感謝に見えた。迷夜の自意識過剰だろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます