第46話
迷夜は、その建物を見上げて少々思案した。栄耀宮というらしい。無駄に大きい。花籠宮も大きかったけれど、あれ以上だ。中も相当広いだろう。…書庫での自分たちの話し合いよりは人数も集まって居るのかも知れないが、ここまで広い必要があるか?
「王族の皆様って全部で何人くらいいるのかしら…?」
「先王の子どもは、この間亡くなられた王を含めて五人。去年の暮れに下の妹君が亡くなられて、王だけになったが、その王も今回…。王に子は無いが、弟妹には子も孫もあるから…。あー、細かい内訳は忘れたが、先王の孫は十人、曾孫は十七人って話だったな。王族名乗ってるのはそいつらだ。で、王后もいる筈だから、大体この建物の中に…三十人くらいいると思っとけ」
途中、何故か簡単な足し算を放棄しつつも、遊道が答えてくれた。ふむ。成程?
「皆様、自分でお茶とか淹れたり出来るのか、とか考えてたんだけど、王后様が居るのなら大丈夫ね。お茶会を主催されて、自分でも淹れてらしたし」
「……そこか、お嬢さん」
「だって、話し合いって喉が乾くでしょう? 恋麗様は自分でお茶を用意する方に見えなかったし。皆様がそんななら終わった頃には声が嗄れてそう。…私たちは梢花が用意してくれたけど」
隣で梢花がにこっと笑った。稜星と孝心は建物の周りの様子を確認している。彩維が『行かない』と言ったので、矢厳も付き合って書庫で留守番だ。遊道が護衛として手の者を派遣してくれたので置いて来れた。梢花には残るかを訊く前に『転ばないように気を付けますね!』と言われてしまったので付いてきてもらっている。
「やっぱり衛士が居たな。身内間の悪巧みでこんなでかい宮を貸し切っといて…あの衛士たちちゃんと手当てとか貰ってるのかな」
「そこか、稜星」
「いや、だって。重要なことだろ。権力者が好き放題やって無茶なこと言って、下の方の奴らが報われないの、よくある構図だし。…俺もさっき、書庫で襲撃してきた奴らに嫌味言ったからなぁ。反省しとく」
「襲撃してきた時点で、敵と見なしてるから、そこはそれで仕方が無かったって思っておけ」
稜星と孝心が戻って来る。二人の会話は何だか、お給料について話していたと思ったら、殺伐とした話に変わっていた。
「でも、この場合は強行突破するしか無くないか?」
「手当貰えるか分からないのに、俺たちが強行突破して倒してくのかー」
稜星は殴り込みを口にしたものの、迷っているようだった。自分や周囲に対し、明らかに害を為そうとしている人間は雇われている者でも殴れるらしいが、命令に従って配置に着いてちゃんと守っている人間は叩きにくいらしい。謎の基準があるようだ。手当てが貰えるか、も重要事項なのか。
迷夜は訊いてみた。
「衛士の人たちって、どっちに居たの?」
「あっちに」
稜星が指し示した方を見遣って、一つ頷く。
「行ってみるわね」
歩いて行く。
「迷夜?」
時刻は間もなく夕刻だ。夕焼けは綺麗だろうか。夕焼け、茜色。王后の臙脂色とも恋麗の強い赤とも違う。その色の装束があったとして、どんな腕輪が、耳飾りが似合うだろうか。
想像を巡らせながら、二人の衛士の前に立つ。
「何者だ」
「秦迷夜です」
隠すことでも無いので、堂々と名乗った。後からついて来た稜星たちが目を丸くしている。一方で、衛士たちも迷夜の名前に覚えは無いのだろう。しかも名前以外の情報は無い。不審な者を見る目付きをした。正しい。
「何の用だ」
「こちらの方が」
稜星を仰ぎつつ、迷夜は笑う。
「宰相様と約束をしているんです。取り次いでいただけませんか? …あら? 宰相様はこの栄耀宮にいらっしゃると伺っていましたが…もしかして、違っていましたか?」
「え」
衛士たちが固まった。宰相はいるが、そんな話は聞いていない。取り次ぎ? 何のことだ? お前知っているか? と目だけで相方と会話をしているのがよく分かる。だが、反面、本当に取り次ぎが必要なのかもしれない、と考え始めているようでもある。
道すがら、遊道に聞いたことだが、この栄耀宮で王族会議が行われていることは極秘の扱いなのだそうだ。そこを間諜を放って、きちんと拾ってきた遊道は優秀な高官なのだろう。先程の簡単足し算を放棄したのは、その所為かも知れない。お茶汲み要員はちゃんと居て、その人が間諜なのかも。だから、明言を避けたのかも知れない。そんなことを思った。…王后様とお茶のことで揉めないかしら?
それはさておき。極秘事項の筈の会議に参加している宰相を、訪ねてきた者がいる、という事態。この娘は、ここに宰相がいることを把握している。…さぁ、衛士の二人はどうするのかと観察してみる。
「しょ、少々、お待ちください…」
衛士の内一人が建物の中に入っていった。もう一人はその扉を気にしている。
その隙に、稜星が傍に来てこっそりと尋ねてくる。
「迷夜、これは?」
「うん」
衛士の行動から目を離さずに、迷夜は答える。
「殴り込みだーって思ってたんだけどね。考えてみたら稜星さん、呼ばれてるのよね? 箱の中の箱を開けるのに、稜星さんを連れて来いって書いてあったんでしょう?」
「あー。そう言えば」
「それに宰相様に、宣戦布告もどきをしてたから。あっちは呼んでて、こっちは会いに行くって言ってあるんなら。約束したようなものじゃないかな、と」
稜星が違う方を向いたのが感じ取れたので、迷夜は衛士は放って置いて、そちらを見遣った。
「稜星さん?」
微かに震えている。これは…笑っている? 何故に。
「な、んだ。その解釈。…微妙に納得出来るところが、笑える…っ」
「え。そう?」
迷夜としては稜星が強行突破を嫌がるようだから、深く考えずにこじつけてみたのだが。とは言え。
「宰相様が面会拒否する可能性だってあるから、その場合は別の手を考えないといけないんだけど」
「だな。でも、本当に。迷夜は面白いな」
恐らく褒められている、筈だ。稜星が笑っているなら、良しとしよう。
「ずれている、と言うか何というか…。このお嬢さんは」
「迷夜様は旦那様に付いて商談などによく行っているので、臨機応変な対応が取れるんですよ」
「梢花は、そこも『格好良い』と思ってそうだな…」
迷夜と稜星の遣り取りを見て、他の面々が各々呟いている。迷夜が思うことでも無いのかも知れないが、緊迫感が無い。
扉が開き、衛士が戻って来る。
誰にも言うつもりは無いが、迷夜は自分の外見も利用した。小柄で、誰が見ても小娘でしかない。警戒されづらく、やらかしても『間違えました。すみません』で済む外見。こちらの面々でこの手が使えるのは迷夜だけだろう。…さて、衛士の、宰相の、宮の中の皆様の反応は?
「お待たせしました。どうぞ、中にお入りください」
ほんの少し驚いた。驚愕を隠しながら、確認する。
「宰相様がよろしいと?」
「はい。…いえ、正確には」
衛士が一旦言葉を切る。
「?」
「王后様が。『秦迷夜』様のお名前を聞いてすぐに。『棠山の事情は置いといて。私は私で、その子とお茶を飲む約束をしているの』と」
「………。ああ、はい。そうでしたね」
お茶会の時の『機会があれば、また』をここで適用してくるとは。王后はやはり油断ならぬ人だ。
「では、どうぞ」
皆で扉を、くぐる。
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