第41話

 話し終えた時、やはりと言うか、一番蒼白な顔色をしていたのは彩維だった。彩維は遊道の娘で、稜星の幼馴染で従妹で、これまでの経緯は重々承知している筈なのに。

 …あれか。遊道に対しての、喜雨を殺した奴らの処遇についての疑惑は今初めて口にしたからか。孝心や矢厳はそんな可能性もあると思っていた節があるが。当の遊道はそこに関しては黙秘を貫く姿勢のようだ。

 ほとんど事前情報の無かった梢花も、胸の前で両手を硬く握りしめている。息を詰め、どうにか聞いた話を飲み下そうとしているらしい。

 迷夜は。

 流石に表情が険しい。顎先に指を当てて何事か考え込んでいる。

「………」

 誰も声を上げようとしない。稜星は冷めてしまったお茶を飲んだ。

 ふと、迷夜が言った。

「…遊道様は、稜星さんに王様になってほしいんですか?」

 吹き出さなかったが、むせた。間合いが悪かった。

「何故、そう思う?」

 遊道が口の端を吊り上げて、迷夜に問い返す。

「稜星さんにさっき、聞いたんです。彩維さんとの婚約話があったって。稜星さんは王家の血を引いてるんでしょう? その時点での婚約は無しになったみたいですけど、彩維さんは妃の一人として後宮入りしてますよね? …すごく失礼なことを言うのかも知れませんが、彩維さんは妃に向いてませんよね? 私も向いてないけど、別の方向で」

 彩維は気分を害した風でも無く、こくり、と小さく頷いた。この場に居る誰もが承知していることだ。彩維は根本的に後宮に合わない。いじめの標的にされて毎日泣くことになるのではないか、との予想は後宮入りの前からあって、見事に当たってしまったようだ。

「遊道様も孝心さんも、稜星さん本人だって、王城に居る。何か情報を探ったり権限握ったりしてるのかなって。…稜星さんを守る陣として、ですよね。実際に今、書庫は貸し切り状態ですし。他にも間諜がいそうですけど。…ただ後宮は特殊な場所だから、簡単には入れない。余程の場合、女性が必要になる。でも多分、彩維さんには間諜の役目も向いていない。だったら、矢厳さんが宦官として一人で後宮を探れば良い。若しくは、他の、間諜に向いた女性を配置するか」

 彩維は、荒事も揉め事も向いていない女性だ。後宮に入ることが決まって、不安にずっと泣きじゃくる彼女のために矢厳が手を挙げた。矢厳と一緒なら、と彩維はどうにか納得したのだ。…迷夜たちには特に話していないが、矢厳は実は宦官では無い。流石に強制したら駄目な話だ。遊道の権限で、宦官として彩維に付いていかせた。…彩維との仲は、今は遊道にはばれないようにしろ、と稜星と孝心できつく矢厳に言い聞かせてある。

「だけど、彩維さんは後宮に居る。それは今後、稜星さんを王にした時の布石なんじゃないかと。先の王の妃を次の王がもらう、というのはよくあることなのでしょう?」

 目を剝いたのは矢厳である。彩維もその隣で信じられない、という顔で父親を見ている。稜星と孝心は、遊道がその方向に話を持って行きたいのもあるんだろうな、と推測はしていた。が、間違えなく成立しないので放置していた。

 まさか、迷夜が遊道に対し、ここまで切り込むとは思っていなかった。

「で? 新米妃さんは何が言いたい?」

「稜星さんと、彩維さん。それぞれの気持ちをちゃんと考えてあげてください」

 躊躇いなど一切感じない口調だった。

「稜星さんは、王位なんて狙って無いでしょう。亡くなった王様が暴君ならば自分が、とかは考えたかもしれませんが」

「何故、稜星の気持ちを言い切れる?」

 遊道が顔を顰めつつ、問うた。迷夜が稜星の方を見る。

「稜星さん」

「ああ」

「稜星さんは、私が妃として王様の寵愛が欲しいとか、栄華を極めたいって思ってると思う?」

「無いな」

 即断できる。

 しかしそうすると、今度は迷夜が後宮入りした理由が気に掛かって来るが、家の事情か何かだろう、と当たりを付けることにした。また今度、訊いてみよう。

「成程、そうだな。俺は迷夜について『それは無い』って思えるから、迷夜が俺について『王位なんて要らないと思ってる』って理解しててもそれで当然な気もするな」

「実際、そうでしょう?」

「うん」

 理屈では無いが、お互いの間ではその説明で良しとしている。

 遊道が本格的に嫌そうに言った。

「…使える人材かと観察してたが、なかなかやりにくいお嬢さんだな」

「あ。値踏みされていたのは存じております。…掌で踊らされるとしても、踊る側だって極力人を選びたいものですよ? …で、ちゃんと考えてあげてくださいね?」

 ここで念を押してくる。

「ああ…」

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