第37話
事の起こりは百年程も前だ。先々王は王位につき、妻を得た後、病に倒れた。回復はしたが、子を持つことの適わぬ身になっていた。彼は王位に恋着していた。しかし、王として次代を残せぬことは負の要素でしかない。他者に知れたら退位の話は確実に出るだろう。王位を継いだばかりでそれは嫌だった。…彼は、自分を診断した侍医に、頼みごとをした。頼みごとという名の命令であり、侍医を巻き込むことによる口止めでもあった。
しばらくして、妻である王后は懐妊し、月満ちて息子が産まれた。
侍医は長い文を王后に残し、自ら命を絶った。
子は育ち、王位を継ぐ。稜星の時代から見れば先王である人は、六十を過ぎた頃、自身の出生について書かれた文を見つけてしまう。自分は父王の子では無いのだと。老いて退位した父と母を問い詰めると真実である、と返ってきた。
先王は苦悩した。彼も今の地位に恋着していた。しかも彼は病に侵されていて、余命いくばくも無いことが判明していた。その上で、いや、だからこそと言うべきか、彼は自分の子に王位を継がせたいと願っていた。長男の淳風は四十歳。未だ子は無いが、その妻の果南は父王の姉の血を引いている。れっきとした王族の血だ。その家系は現在は王族では無く、一貴族としての家名を持っているが、子が出来ればその子は王族の血を取り戻すことになるのだ。帳尻が合う。…果南の家系は放置しても問題無い。
問題は、父王の弟の家系。孫家へ養子に入った後、男系の血筋が今なお残っている。これは後に、脅威となりはしないか。
己の血を否定されたも同然の先王は、疑心暗鬼に陥っていた。命じて、その家系を根絶やしにしようとしたのだ。
氷輪の父と祖父、そしてその兄弟姉妹は全員弑された。当時一歳だった氷輪のみが生き残り、李姓を名乗り頼家の協力者によって育てられた。
氷輪を逃した先王は歯噛みしつつ亡くなっていった。先王の死後、その母である先々王の后から、頼家に文が届いた。氷輪のことはある程度隠すようにしていたので、よくも先々王后は調べたものである。
『先王の血のこと。それが故に氷輪の家系を絶やそうと考え実行した、その横暴について。止められなかったことは、母である自分の罪である。決して許されるとは思っていない。が、先王に命じられた者が、続けて氷輪を狙う可能性は伝えておきたい…』
文にあったのは恐ろしい事実と、今後の危険についての警告だった。そして先々王后は、結びにこんなことを書いていた。
『先のことを、自分の孫である淳風にも話した。淳風は愚かでは無い。王位に恋着することは無いだろう。今後、貴方がたの身に危険が迫った場合は、きっと助けになってくれる。どうか淳風を頼って、氷輪を守ってほしい。我が夫と息子の身勝手でこんなことになってしまい、本当に申し訳ない』
頼家としては、先々王后のことを、そして淳風のことを、どこまで信じて良いのか判断がつかなかった。その後も長らく警戒は怠らなかった。
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