第30話
「……」
無言で、こちらを見ている。殺気は感じないが、大いに観察されている。値踏みされている、と言った方が正しいだろうか。
やがて遊道が口を開いた。
「新しい妃、秦迷夜だな」
「はい。お初にお目にかかります」
「頼遊道だ。知ってるかもしれんが、孝心と彩維の父親だ。あんたの話は少し聞いている」
どんな話だ。会って早々に値踏みされるような、話。
「これでも、伯父上は高官なんだ。これでも」
「…稜星。『これでも』を二回言ったのは何故だ」
「それっぽく無いから」
「お前な…」
挨拶はしたものの、それ以外に何を言うべきだろう。彩維さんと矢厳さんの仲を認めてあげてください、とか? …どう考えても、迷夜が言うのは出過ぎた真似になるし、この場に相応しくない。
そこで、遊道は書庫の入り口を振り返った。稜星も。
「え。また誰か、来たの?」
人が居なかったのが、打って変わって先客万来だ。
「来たけど、これは孝心だな」
「何をやっとるんだ、あいつは。来るのが遅過ぎる」
二人が何を以ってして判断してるのか理解できなかったが、迷夜は納得することにした。多分、足音とか聞き分けてるんだろう。すごい。
「ん? 何かいつもと違うような?」
「何、抱えてやがんだ。あいつ?」
姿を現した孝心は、開口一番で安否確認をした。
「稜星! 生きてるかっ?」
「おう。……いや、それより。お前、それ」
「馬鹿息子。何処の娘さんを誘拐してきたんだ、お前」
「あ。親父殿。…いや、これには訳がっ」
孝心が抱えていたのは。
「梢花!」
「迷夜様…」
己の侍女の梢花である。…確かに、孝心と一緒に門のところに居てもらったけど。一体、何が。
「あ、あの…孝心様、すみません。助かりました。重いでしょう? 降ろしていただけると」
「重いなんてことは…!」
梢花の顔も赤いが、孝心の顔も赤い。梢花は恥じらっているが、孝心のは梢花に対する好意故だろう。
「それで、どうしたの?」
迷夜は椅子を用意する。稜星が投げた椅子は脚が壊れて使い物にならなくなったため、別のものを。孝心がそこに梢花を座らせて、ようやく梢花は人心地ついたらしい。そっと囁く。
「……転びました」
「うん」
想定内の答えだ。
「痛くない? 足、捻ったりはしてない?」
「そこは、大丈夫かと」
「良かった」
怪我が無いなら何よりだ。迷夜は頷いたが、梢花は項垂れた。
「ごめんなさい…」
「?」
詫びられる覚えは無い。
「……。孝心様のところに遣いが来て、詳しいことは知らないのですが、稜星様が危ないって…」
間諜でも置いているのか。稜星に何かあれば遣いが行くようになっているのか。遊道の方に目を遣ろうと梢花から視線を外そうとして、抑えた。稜星は既に迷夜の思考を面白がっているから置いておくとして、今は傍に孝心や遊道が居る。値踏みの目は、鋭く無い方が良い。こちらが様子を窺うところを、敢えて見せる必要は無いだろう。
「稜星様は書庫に居ると聞いたので、下手をすれば迷夜様も危険なのではって…」
「そっか」
心配をかけてしまった。
「だから、走って。でもすぐに、転んでしまって…。迷夜様が大変かもしれない時に。稜星様の御傍に駆け付けたい筈の孝心様にも、ご迷惑を…」
常なら、梢花は転んだくらいではここまで落ち込まない。多分、遣いが来た時の孝心の様子にただならぬものを感じたのだろう。それなのに…と頭の中で渦巻いているようだ。
「いや。とりあえず、稜星は無事だったようだから! 迷夜殿も」
孝心が取り繕う。その通りではあるが、遊道が微妙な顔をした。
「一応、お前に武術叩き込んだのは、稜星を守らせる為でもあるんだがな…」
「伯父上、硬いこと言わない。俺は甥で、従兄であって。主では無いから」
『主従とは言い難い』と遊道は話していたが、やはりどこかで仕えている気持ちもあるのかも知れない。稜星の方は主従関係など無い、と思っていそうだが。
梢花と、とりあえずは主従関係である迷夜は、思案した。どうしたものか。
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