第29話

「邪魔するぜぃ」

 棠山たちの後ろ、つまり入り口から男が入って来た。

「!」

 この場の誰もが、突然の登場に息を呑んだ。

 背が高い。体に厚みはあるが、太っているのとは違う。締まっている、の方が正しい表現だろう。存在感はあり過ぎる程なのに、入ってくるまで気配が全く無かった。髭面で、にぃと笑う。

「……酒場じゃないんだから」

 ぽつり、と稜星が呟いた。何のことか、と一瞬考えた迷夜だが、すぐに思い至った。男が書庫に入って来た時の第一声だ。

「ふ」

 床には男たちが転がっていて、別の男たちがやってきて、なかなか緊迫しているこの状況。にも関わらず、律儀に突っ込む稜星に吹き出してしまう。

「お」

 稜星が何だか嬉しそうな顔をした。

 が、護衛の面々は奇妙なものを見る目をした。この場面にはそぐわない迷夜の反応を訝しんだようだ。或いは稜星の声が聞こえて無かったのかも知れない。

 そして。棠山は新たな男の登場に、慄いているようだった。

「頼遊道…」

 呆然とその名を呼んだ。名を呼ばれた側は棠山を見下ろし、そのまま睨み付けた。

「宰相。俺の甥っ子に何の用だ」

「お、甥?」

 迷夜も内心では驚いていたが、棠山たちの驚きはその比では無いようだった。稜星と遊道を見比べている。

 迷夜もこっそり、遊道を眺めた。顔立ちは似ていない。全体的にも似ていない。似ているのは、孝心だ。孝心に髭は無いが。では遊道は、孝心と彩維の父親なのだろう。

「甥、だと…? では」

「ああ。稜星は俺の妹の子に当たる。妹は喜雨といった。その妹が嫁いだのが…李氷輪だな」

「っ! お、前…っ。知って、いたのか!」

 これまで以上に棠山が取り乱した。

「ああ。知っていたさ。うちは先々王の弟に仕えていた家系なんでな。先々王弟は王族だが、まず孫家に養子に出された。亡くなられた淳風様の弟、つまりあんたの父親が楚家へ養子に出されたみたいにな。…うちは孫家に仕えると言うよりは、先々王弟個人に仕えてたんだが。だからその血を継ぐ氷輪が今度は李家に養子に行っても、頼家は付き従った。喜雨が嫁入りしたんで、今は主従とは言い難いが」

 迷夜は頭の中で簡単な家系図を描いた。…すると、稜星は王家の血を引いていることになる。

「……。しまった。巻き込まれたわ」

 ぼそっと言うと、稜星がこちらを見た。しっかり聞こえていたらしい。

「正直だなー」

「だって、これ。お家騒動でしょ? 遺言状が公開された後だもの。時期的にそこに何か書いてあったと考えるのが自然だわ」

 小声で話し合う。稜星が複雑そうに顔を顰めた。

「俺としては、迷夜には巻き込まれてほしいような、ほしくないような、なんだが」

「えぇ、どっち…」

「どっちだろうな…」

 稜星が落ち込んでいるように見えたので心配になる。先程のような目をするのでは無いか、と。

 遊道はたたみかけていく。

「で? 遺言状には、なんて書いてあった? 王族による同族経営の弊害でも書いてあったか?」

「な! んの、話だ」

 棠山の顔色が悪い。

「そうでも無きゃ、こいつを狙う意味が無いだろう? 分かってんだよ!」

 遊道の言葉には隠しきれない怒りがあった。

「ふざけるなよ。こいつのことも、喜雨のことも。氷輪の父親も祖父さんだって…!」

 凄味の増した声音に、棠山が震え上がる。

「待て! …本当に、何の話だ!」

「はっ。知らないのか。知らないくせに、似たようなことをするのか。屑が」

 あまりの気迫に棠山は腰を抜かしかけたようだ。そこに稜星が声を掛ける。

「あ、宰相。駄目ですよ。こいつら持って帰ってほしいんですから。座り込まないでください」

「おい。稜星」

 遊道が何か言い掛けたが、棠山は跳ね起きた。このまま書庫にいて遊道の気迫、と言うかほぼ殺気、に晒されているくらいなら、撤退出来る口実があればそれに縋りたい。…気持ちは分からなくもない。

 そうこうしている間に、床に倒れていた内の一人が起きた。真ん中に居た男だ。これで、倒れているのが四人で、起きているのが四人になった。どうぞ御一人様一人ずつ、丁寧に運んであげてください。

 雇い主でありながら、護衛たち同様に一人を背負って出て行こうとする棠山の背に、稜星は独り言にしては大きな声で言った。

「気が向いたら、王族の皆様に会いに行ってみるか」

 ぎょっとしたように肩越しに振り返った棠山に、稜星はぞんざいに手を振った。さっさと行け。

 彼らの足音が聞こえなくなったところで、迷夜は確認した。

「今のって、宣戦布告?」

「そんなもんだな。戦うかどうかは、相手の出方次第だけど」

 澄ました顔で言うのを、見上げる。この人、は。

 迷夜の視線に気付いてか、稜星が仄かに笑った。

「何だ?」

「…うーん? さっきみたいな目をされるのはやだけど、何でも無いって顔をされるのもなぁ…」

「迷夜?」

 自分の中で引っ掛かっている。思わず、しげしげと眺めてしまう。自分はこの人に、どうしててほしいのか。とりあえず、悲しいことを思い出しただろうに、平気そうにされるのは嫌。

「……稜星さん」

「うん」

「悲しいのは出来るだけ止めてほしいんだけど、取り繕うのも止めてほしいので、ちょっとその手段として考えてみるね」

「手段? 何の話だ?」

「考え中だから、考え終わったら言うわ」

「…全く分からんけど、分かったことにしておく」

 保留となった会話はさておき、迷夜は遊道の方に視線を遣った。

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