第28話

 と、書庫の外から声がした。足音も。今度は音が拾える。と言うか、耳を澄ませなくてもこちらに近付いてくると知れる。

「遅過ぎる! もたもたと、いつまで待たせるつもりだ! 文官一人、さっさと捕らえて来れないのか!」

 迷夜と稜星は顔を見合わせた。単純にうるさい。

「私とて忙しいんだ! それなのに、私に出向けとでも言うのか!」

「棠山様の御手を煩わせる気は、決して」

「では、何故、あやつらは戻って来んのだ!」

「それは…っ」

「申し訳ありません、棠山様。きっとすぐに」

「黙れ。もう聞き飽きた」

 喚き散らす誰かと、それを宥めようと必死な様子の誰かの声だ。宥めようとする方は複数いる。

「……。こいつらの、雇い主か?」

「杜撰ね…」

 呆れ返るしかない。思い切り声が聞こえているし、名前も呼ばれている。迷夜の聞き違いで覚え違いで無ければ、棠山…楚棠山。子育て下手の人だ。更に要項に、我が儘、を付け足しておく。

 開け放たれたままになっていた扉を見つめる。…床で転がっている皆様は何故、そのままにしておいたのか。よく考えなくても、後ろ暗いことをしようと言うなら閉めるべきだろう。後ろ暗いつもりが無かったのか、考えが足りなかったのか。案の定、後者だろう。

「おい、お前たち! っ! …何だ、これは!」

 予想もしていなかったらしい光景に慌てている。五十代半ばと思しき恰幅の良い男と、その護衛なのか三人がぎょっとした風に、入り口付近で足を止めた。

「何だ、と言われましても。この男たちがいきなり来て、俺を連行しようとしましたので、倒しました。持って帰ってもらえます?」

 凄まじくどうでも良いことのように、稜星が言った。辛うじて丁寧語ではあるけれど、一欠片も敬っていない。

「何だと!」

「何だと、と言われましても。今、話した通りですよ。この国の宰相なのに、頭悪いんですか? 楚棠山様?」

 悪口以外の何物でも無いが、悪いことをした相手に事実を伝えることも、悪口として成立するのか? 迷夜は首を傾げる。…寧ろ、親切な気もする。悪いところを直せる一歩に繋がるのでは。

 だが、相手が親切と受け取るとは限らない。馬鹿、と指摘されて親切だと思える程、心が広い相手なら、それは馬鹿とは一線を画すだろう。

「貴様!」

「そこで転がってる男たちの中にも、そう言ってきた奴が居ますね。雇い主に似るんでしょうか?」

「っ!」

 憤慨している棠山は、もう言葉も上手く紡げていない。

 ところで、迷夜は今回は特に隠れたりしていない。故に棠山の護衛などは、何だこの小娘は、と言った顔をしてこちらを見てくるが、棠山本人は迷夜の存在に気付いてもいないだろう。そのくらい、稜星に腹を立てているらしい。これも、稜星の作戦だろうか。

 そう思っていた時だった。

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