第27話

「迷夜」

 びくり、と肩が跳ねる。

「な、に」

「そこで、そのままじっとしててくれ」

「?」

 稜星の声が、重い。懇願のようにも聞こえた。迷夜は気を引き締める。何だろう。嫌な感じがする。何処から? ……書庫の、外?

 書棚の陰から窺う迷夜の耳に、外の音は拾えなかった。気配も感じ取れない。だが、嫌な感覚は消えない。…そして得てして、こういったものは当たるのだ。

 先程とは異なる沈黙。書庫の扉が開かれた時、ようやく音が戻ってきた。

「!」

 扉を開けたのは、武装とまではいかなくとも帯剣した五人の男たちだった。真ん中の男が確認してくる。

「李稜星だな」

「ああ。…そう言うそちらは、どちら様だ?」

 揶揄するように、稜星が聞き返す。が、相手は答えなかった。

「李稜星。同道してもらおうか」

「断る」

 取り付く島もない。

「貴様…!」

 右端の男が声を荒げる。稜星は椅子を引き、悠々と立ち上がった。椅子の背もたれに手を置いたまま、男たちと対峙する。

 迷夜からは稜星の背中側が見え、男たちは正面に見える。男たちの中には激高している者もいる。対して稜星は、武器を持った複数人が相手でも、余裕があるように映る。

「いきなり踏み込んできた奴らに、何でついて行かなきゃならないんだ? 名乗りもしないし、理由も言わない。それで大人しく『はい、行きます』ってあんたらならついてくのか?」

 気の弱い人間なら従う者もいるかも知れないが、納得の行く話では無い。顔立ちは優しそうなものの、気の弱くなさそうな稜星はあっさりと反発している。迷夜も、稜星の言うことが正論だと思う。

「ちっ」

 舌打ちが響く。男たちの中の誰かだ。何人かが剣の柄に手を掛けた。

「あ、もしかして。あんたら、俺を連れて来いって言われたものの、理由までは聞いてかなかったりするのか? だったら仕方ないな」

 下っ端は大変だな。と、そこまでは言わなかったが、含みは感じさせたし、男たちも感じたのだろう。

「この野郎っ!」

 一番短気そうな右端の男が、剣を抜いた。

「よっと」

だが、剣を構える前に、その男が後ろに吹っ飛んだ。…呑気な掛け声と共に投げつけられた椅子によって。

「なっ」

 吹っ飛んだ仲間を見て、他の男たちの足並みは崩れた。そちらに駆け寄ろうとした者や、改めて稜星に向き直ろうとした者が入り乱れる。元々あまり連携が取れていないのかも知れない。

 稜星はそこを見逃さなかった。

 間を詰めると、男たちのうち二人を恐ろしい速さで打ち倒し、その内一人から剣を奪って残りの二人と切り結んだ後、それぞれ柄頭で殴って気を失わせた。手から剣を放したところで、最初に吹っ飛ばした一人が呻いて起き上がろうとしたため、腹に蹴りを入れ首筋に手刀。

 鮮やかである。が、本人は言った。

「ちょっと、鈍ったかな」

 短時間に五人倒しておいて、言う科白では無い。

 肩を竦めて息を吐いた後、何食わぬ顔でこちらに呼び掛けてきた。

「迷夜、悪いな。面倒を掛けた」

 困惑しつつも、書棚の陰から出る。

「私は隠れてただけだし。稜星さんに面倒は掛けられてないけど…。……怪我は?」

「大してさせてないし、してないな」

「なら、良いけど…」

 床で重なるようにして倒れている五人を見つめる。稜星が全員の剣を取り上げる。書棚が倒れたりしているが、逆によくこのくらいで済んだな、と胸を撫で下ろした。

「この人たち、顔を隠したりしてないのね。…書庫に入る前から覆面してうろついていたら目立つだろうけど、帯剣しての集団行動も目立つと思うわ。なんて言うか、杜撰なやり方ね?」

 目撃者がいたら怪しまれるだろう。

「…俺を連行するのに、後からでも理由が付けられると思ったのか。若しくは、目撃されてもその情報を握り潰せる自信があったか。……。…さもなきゃ、とりあえず殺しておけばそれで良かったのか」

 物騒どころでは無い言葉に、迷夜は稜星を振り仰ぐ。

「……!」

 痛みを堪えるような目をしていた。とても辛いことがあって。幸せな未来なんか信じていない目だった。

 剣を持った複数の人間が襲撃して来ても、彼は動じなかった。あっさりと男たちを制圧したことよりも、その態度こそが気に掛かった。彼には、心当たりがあるのだ。自分が殺されるだけの理由がある、と。

 迷夜はその理由が気になった。だけど、それ以上に。彼の、今しがたの目、が。

「稜星、さん」

 そんな目をしてほしく無くて、名を呼ぶ。袖を引いてみる。

「あ。…ああ」

 稜星は突然、自分を取り戻したようにして、迷夜を見つめた。いつもの、稜星に見える。

 滅多に無いことだが、泣きたくなった。ほっとしたのだ。そっと手を放す。

「迷夜? どうした? あ。怖かったか?」

 …見当違いなことを訊いてくる。怖かったか、と言われるとその通りではあるが、恐らく襲撃についてを言っているんだろう。迷夜が怖かったのは、稜星があんな目をしていること、の方だ。

 まあ、良いや。具体的に何が、とは言われてないんだし。

「流石に、ね」

 ぼんやりと肯定しておく。

「それはともかくとして、この人たち、どうするの?」

「だよなぁ。俺が呼んだ訳でも無いけど、書庫に置いとくのも邪魔だよな。衛兵にでも渡すか? でも『こいつら誰だか知らないし、理由も分からないけど襲撃された』って伝えたら、こっちも色々取り調べされそうだな…」

「本当のこと言ってる筈なのに、絶対怪しまれるわね…」

 理不尽だ。一部始終を見ていた者として、迷夜も証言くらいは出来るが、肝心な部分がはっきりしないのであまり役に立つ気がしない。

 途方に暮れた気分でいると、稜星の表情が強張った。

「どうしたの?」

 稜星が己の唇の前に人差し指を当てる。静かに。迷夜はただ、頷いた。稜星の視線が書棚と迷夜の間を彷徨う。先程のように、迷夜を書棚の陰に隠そうか悩んでいるようだ。

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