第26話

 笑顔で遮ってきた言葉は、更に理解不能になった。果たして自分たちは、同じ言語を話しているのか。

「『迷夜の見たい迷夜』や『俺以外から見た迷夜』は、俺は見れないけど、『俺から見た迷夜』は分かる。訳が分からなくて、そこが面白い。それが『俺から見た迷夜』だな」

「訳の分からないこと言う人に、訳が分からない人扱いされたわ…!」

 衝撃である。が、ぼんやりと思い出す。出会った時に、己が装飾品の類を付けないことについて語ったことを、稜星は覚えていたようだ。なのでこの言い回しになったのだろう。

 謎の感慨を受けた迷夜だが、ふと稜星の顔が険しくなった。

「…怖いか?」

「は?」

「俺はかつて、従兄妹だからって婚約話が出た彩維に『何考えてるか分からなくて怖い』と言われて…婚約が調わなかったことがある」

「……ああ。従兄妹なのね」

 話題の中の一番拾いやすい部分で、相鎚を打つ。

 孝心と彩維が兄妹で、稜星とは従兄弟同士。稜星と彩維がちょっと似ていて、孝心はどちらともあまり似ていない。まぁ、そんなこともあるだろう。いや、それより。

「それは…彩維さん、なかなかな断り文句ね…」

「しかも、涙目だった」

「わぁあ…」

 稜星の方に気持ちが無くても、へこむだろう。彩維に悪気が無いのが分かってしまうだけによりいっそう。

「そもそも、彩維さんって…。これ、言って良いのか迷うところなんだけど、矢厳さんと」

 あの二人はどちらも結構あからさまだ。

「うん。俺と孝心は知ってるけど、孝心と彩維の父親は今のところ気付いて無いっぽいから。言わないでおいてくれ」

「はーい…」

 恋麗に目を付けられたのも、二人が仲が良さそうだから、とか。あり得そう。

 あの二人のことは置いておくとして、迷夜自身の思うことを伝えてみる。

「稜星さんは訳が分からないけど。…ちょっと怖くもあるけど」

「そうか…」

 微妙に落ち込んだ声だ。構わず続ける。

「多分、彩維さんの言う『怖い』と、私のこれはどこか違う気がする」

 稜星が眉間に皺を寄せた。

「それ、は。期待しても良いってことか?」

 慎重に、真剣に、問い掛けられる。

「期待? 何の? ……。……!」

 はっとする。婚約を断った彩維とは違う『怖い』。違う、と言うこと。それは先の結婚の申し込みを、断ってはいない、と取られる場合もあるのでは。

「それ、は。その…っ」

 言葉に詰まる。頬が熱い。この間、触れられたあの時を記憶しているかのように。

「ま、ず。…えぇっと。さっきの、って本気なの?」

 声が上擦る。何を訊くべきか、訊いても良いことなのか、も判断が付け難い。訊いたら最後、追い込まれる気がする。でも、訊いてしまう。そこが怖い。

「勿論」

「っ!」

 訳が分からない。今日、何度目だ。分からないのは、彼の発言なのか、怖いのに嫌なのでは無い自分なのか。

「迷夜?」

 すっと目を細める。だから、その表情!

「あ、の。えぇっ…と、私。…そう!」

 椅子ごと体を後方へ引き、立ち上がる。

「調べものに来たのよ!」

 高らかに宣言することでは無い。が、逃げたくなったので、当初の目的を振りかざして距離を取る。

 小走りで書棚の陰に駆け込む。追い掛けて来られるかも、とか頭は全く働いて無かった。その可能性に気が付いたのは、落ち着いてからだった。

 稜星は座ったままだった。こちらの様子を窺いつつ、軽く笑ったのが聞こえた。…からかわれているだけなら相手にしなければ良い。いや、からかっている部分はあるだろうが、それだけでは無いのだろうから。

「どう、しろ、と」

 書棚の陰で、対処を決めかねている。手近な書棚に、体重を預け過ぎないように寄り掛かる。ぎっしりと本の詰まっている書棚は、迷夜ごときではそうそう簡単に倒れないだろうけど、一応。また自分は変なところで冷静だ。否、これは現実逃避も入っている。稜星以外のことに意識を持って行っている。

 と、そこに書棚の向こうから声が掛かった。

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