第25話

 白。悲しみの色。喪に服すための色。装飾品は最低限。派手なものは控えて、ただただ弔意を示す。

 昼過ぎ。後宮の外を、迷夜は歩いていた。

 王の葬儀から三日後。未だ王城のあちこちに悲しみの残滓が燻る。知り合いと顔を見合わせて、そのまま揃って泣き崩れる、というような場面もあったらしい。

 そんな中、書庫へ向かっている自分は薄情だな、と自嘲する。後宮に来て日が浅いから、と自分の中で言い訳して、悲しみにくれることの無い己を嗤う。そして気分転換と称して、父の『最高傑作』についての手掛かりは無いかと調べに行こうとしている。今日も梢花は門番を務める孝心のところに置いてきた。…二人まで、巻き込んで。

「本当に、何をしてるんだか…」

 言いつつ、書庫の扉を開けた。

「迷夜」

「……」

 入ってすぐのところに、稜星が居た。…何故。

 扉を閉めて踵を返そうか、かなり本気で迷った。結局、扉は閉めたが、書庫の中に残る。

「……こんにちは」

「こんにちは。良いのか? こんな時にこんなところに来て」

「稜星さんの方こそ」

「俺は基本的に、はぐれものだから」

 どんな理由だ。いや、この際、その理由に乗っかろう。

「私も似たようなものよ」

「で。迷夜はこの間、何に怒ったんだ?」

 直球だ。

「……。怒って、は、無いわよ」

 言葉につかえる。

「じゃ、言い換える。何で不機嫌になったんだ?」

 う。

「…不機嫌に見えたんなら、ごめんなさい。……って。もしかして、それ訊くためにここに来てたの?」

「俺からは、用事が無いと後宮内には入れないからな。王の容体優先で、後宮の川の件は後回しになったし、そもそも俺が人員に入れるか、は怪しいところだ。だったら孝心が門番の日を確認しといて、俺が暇な時に、迷夜が書庫に来るのを待つしかない」

「……。……」

 この人。本当に、もう。何日待っていたのか。

「とりあえず、稜星さんに怒ったりはしてないわよ」

 立ち話も何なので、座ろうと促す。卓を囲み、向かい合う形で席に着く。

「ただ、ね。…私って冷たくて、性格が悪いなぁっと思って」

「は?」

 稜星が目を瞠る。わずかに俯いて、その目から逃れる。

「許家の家ではね。私は妾腹の母様の子なのに、父様の正妻であるお義母様もお義母様の子どもである兄弟たちも、皆優しかったの。実の両親の、父様と母様の方が厳しかったくらい。示しがつかないからって」

 玉雪には感謝しかない。瑞歌にも玄珠にも瑤喜にも瓔連にも。大盟も白夜も、迷夜もそう思っている。心から。

「厳しいのは、良いの。その上で大切にされてることも知ってる。大切にされてて…それなのに、私は、こう、なの」

「『こう』?」

「…変に、冷静なの。周りが慌てている時でも、違うことを考えてるの。負かそうと思った相手には容赦しないの。…要は、性格が悪いのよ」

「……え? それは性格が悪いことになるのか?」

 稜星はいまいち理解出来ない、という顔をした。

「そうね。性格が悪いとは違うかも知れないけど。…私は多分、うちの人たちと自分が違うのが嫌なんだわ。皆、結局は優しいもの。私は…あの人たちの中で浮くのが嫌なのよ」

 例えば後宮で仲間外れにされたとしても、それは気にしない自信があるのに。

「考えることが、物騒って言うか…。……今回、王が亡くなられて、遺言状みたいなものがあるって話でしょ?」

「……ああ」

 稜星がゆっくり頷く。

「私、それを聞いた時に何でそんなの残すんだろう? 王様なら、好きに命令すれば良いのに。って、思ったの。…実際に、好きに命令されたら残された側は困るし、その命令が守られているかは死んじゃったら分からないと思うけど。どうして敢えて残したんだろう。誰かが偽造したんじゃないのかしら? とか考えたわ」

「偽造…」

「でも。王后様が『自分の前で王が、書いて、仕舞って、鍵をかけた』って仰っているらしいから、それは無いかなと考え直したんだけど。昨日王族の方々に公開されたようだし、多分、筆跡とか印とかも問題無かったんでしょう」

「まぁ、そうだろうな」

 稜星が頬杖をつきつつ、喋り続ける迷夜を眺めている。

「でね。そういう疑ってどうするんだってことを疑う自分に嫌気が差してるのよ。疑う自分は、あの家では絶対浮くの。…父様もそういう部分はあるけど、商売やってるからそこは許容される範囲だろうし」

「誰基準だ、それ」

「私基準よ」

 言うと、稜星は変な顔をした。笑いたいような、迷夜を気遣ってそれを堪えるような。そうして口を開いた。

「つまり、迷夜は自分が嫌なんだな? 家の人のこと好きな分、自分の存在に違和感がある、と」

「そうよ」

 優しい家族。大好きだし、好きでいてもらえる。だからこそ離れた方が良いのかも知れない、とずっと一人で勝手に疎外感を持っていて。故に後宮入りも割とすんなり受け入れてしまった。横柄な態度を取られたら、立ち向かえる。だけど、ただひたすら優しい人たちに、この性格の悪さを知られて、嫌われるのは怖いのだ。

「成程」

 しばらく、書庫に沈黙が下りた。俯く。ここまで己の内を曝したことがあっただろうか。

 …そういえば、今日は他に誰もいない。もう何日かしたら王の死の影響も薄れ、王城は平常運行へと戻るだろうか。悲しみはあっても、残された者たちは生きていかなくてはならないから。

「……迷夜」

「ん?」

 稜星の声に顔を上げる。視線が合う。

「俺は、そこで遺書偽造を疑える迷夜は、高く評価されるべきだと思うんだが」

 予想外過ぎて、反応に困ることを言われる。しかも真剣な顔で。

「……誰に?」

「迷夜本人に。少なくとも俺基準では」

「えぇぇ…」

 それはちょっと、かなり…いや、物凄く納得がしかねる。

「私のことなのに、稜星さん基準が存在するの?」

「俺がそうしたいから、今さっき、基準を設けてみた」

「『そうしたい』?」

「迷夜を見て、話を聞いて、その都度俺なりに考えて。そうやって、迷夜と同じか、違う答えを出して。迷夜本人に伺いを立ててみる。必ずしも答えが見つからなくても、それはそれ。…とりあえず、さっきの『性格悪い』発言に関しては、迷夜の言うところのその、性格の悪さを悪用しないなら平気だと思うけど」

「………」

 沈黙の間、そんなことを考えていたのか。この人は。…平気か? 本当に? 性格悪いんだよ?

「それに」

「?」

「俺としては、相手にとって不足は無いってところだな」

 駄目だ。今日はこの人、理解が困難な発言が多過ぎる。

「ごめん。意味がよく」

「結婚しないか?」

 ……………。

「……、…。………?」

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