第17話
「お止めなさい、恋麗」
決して張り上げたものでは無いのに、その凛とした声はよく通った。
「…王后、様」
恋麗が恐る恐る視線をそちらにやった。その声も表情も、直前までのものとは全く違っていた。大人に叱られると分かっている、子どもの顔。振り上げた手を、ぎこちなく下ろす。
迷夜は不思議に思った。
恋麗はこのお茶会で、王后を前にして平気で己のいじめの成果について語っていた。聞かれても構わない、と寧ろ嬉々として話していた。王后を軽んじて、いない者のように扱っているのかと思っていた。
なのに今、王后に一矢で仕留められたかのようだ。
「……」
もしかしたら、怒らせたら怖い人だって忘れてた? そもそも怖い人だって知らなかった?
迷夜からしたら、王后は最初から怖い人だ。怖さの種類は違うかも知れないが。
「恋麗、その指輪をこちらに」
「……。はい」
王后の掌に、指輪が乗せられる。彼女はそれをしばらく眺めた後。
「これを、彩維に」
矢厳の前に差し出した。
「え…」
呆然としたのは、矢厳だけでは無い。
「王后様っ」
「それは、恋麗様の!」
恋麗の取り巻きたちが騒ぎ立てる。恋麗本人は項垂れて、顔を上げない。
迷夜の言い分を聞いた後、恋麗から指輪を取り上げ、矢厳に渡す。それは、迷夜の方に理がある、と認めたようなもの。
…そうだろうか。王后は最初から把握していたのではないか。だから、矢厳がこの卓に居る。彩維の事情を知っていたからこその、席順なのでは。恋麗が指輪をひけらかしに来ることは、この性格だ。予想するのは容易い。そこで諫める予定だった?
だが、新しい妃である迷夜が予定外の行動を起こした。行動と言うか、ある意味、難癖を付けたとも言える。そして予定外であっても、本来望んだ流れに近いものだった。
勘繰り過ぎだろうか。
果たして、王后は言った。
「二週間くらい前だったかしら? お庭を歩いていたら、彩維に会ったの」
「え」
呟いたのは誰だったのだろう。
「彩維って泣き虫でしょう? だけどあの時は、心の底から嬉しいって顔をしててね。ふふふ。可愛らしかったわ」
矢厳が、恋麗が、縋るように王后を見る。今回の件での立ち位置は真逆の二人なのに、その表情は何故だか似ている。矢厳は彩維のことが気になり、恋麗は王后の話す内容が気になっているのだとしても。
「話し掛けたら、やっぱりちょっと怯えられてしまったのだけど。でもね、ちゃんと教えてくれたわ。『大切な人から、指輪を貰ったんです』って」
指輪。
「きっと誰かに見てほしかったのね。嬉しいことを共有したかったんだわ。はにかんだ顔で見せてくれたの。…くすんだ赤い石に、内側に蔦紋様の」
「!」
恋麗とその取り巻きたちが、目に見えて震えていた。周囲もざわつく。矢厳は指輪をそっと撫でた。
迷夜は一人納得した。王后は、知っていたのだ。
「貴方から、もう一度。彩維に渡してくれるかしら?」
『貴方から、もう一度』。迷夜は四阿での前情報があったから勘付いていたが、王后は元々彩維に贈ったのも矢厳であると、確信しているようだ。
「はい」
矢厳が神妙に返事をする。
「恋麗」
「…はい」
「貴女はしばらく自分の部屋に居なさい」
「……。…はい」
来た時の勢いは無く、萎れる恋麗だ。言わばこれは謹慎処分である。
「迷夜」
「……何でしょう?」
多分、自分の目は険しくなっている。王后を見る目、は大事にしようと思う。油断しないように。
迷夜が心に刻んだのを見透かしたように、王后は微笑んだ。
「お茶会に来てくれてありがとう。機会があれば、また」
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