第16話


「父について、ですが…父は、材料の良し悪しで、手を抜くことはありません。自分でも気に入ったものはあるでしょうし、完成したものに関してこれは良い出来だ、と思うことはあっても。…そちらの指輪を良いものでは無い、と言うのはその人の勝手ですし、父も反論はしないでしょう。ただ」

 迷夜は言い放つ。断罪、する。

「それを使って嘘を吐き、不当に誰かを貶めるのは、見過ごせません。父がどう思おうと、私は許さない」

「…迷夜様の逆鱗に、触れてしまいましたね」

 小さく、ふわりとした声は梢花のもの。よく理解している。

「何より。…貴女には大切で無くても、誰かの大切なものかも知れないのに」

 迷夜は唇を真一文字に引き結び、恋麗を睨み据えた。梢花ほどではないが上背がある。小柄な迷夜は見上げるしかない。

「こ、の。うるさい小娘ね! わたくしの父が誰か知らないの? この国の宰相なのよっ? 王家の血だって引いていて」

「知りません。興味もありません。私が分かるのは貴女が、嘘を吐き、それを周囲に喧伝し、挙句の果てに自分の思い通りにならないと、父親の名を出して抑えつけようとする人間だということくらいです。…私も父の名は出しましたが、その名に恥じることは誓って何もしていません」

 この国の宰相様は子育てが下手なのだな、と確信した迷夜である。

 …そう言えば、確か宰相は数年前に、大盟に首飾りを作るように依頼してきたことがあったような。『金に糸目は付けない』とか言ってきたものの、横柄な態度と趣味の悪さに、大盟は依頼を断っていたのではなかったか。その後、金さえもらえばどんな依頼でもこなす、と言う別の職人に話が行って首飾りは完成した。が、宰相は妻では無く愛人にそれを贈り、そのことが妻にばれたため修羅場に発展した、と噂が流れていた。いや、愛人が『こんなの趣味じゃない』と首飾りを突き返し、その場で別れ話になった…だったか? 自分には遠い話だったのでうろ覚えなのだが、そういった醜聞も上手くすれば利用出来たかもしれない、とも思う。恋麗を見ていると特に。高過ぎる自尊心を折る一端になったかも。

 恋麗が迷夜に詰め寄ってくる。

「っ!」

 指輪を握り込んでいるのとは逆の方、扇を持った手を恋麗が振り上げた。

「迷夜様!」

 梢花が叫ぶ。椅子が倒れる音が聞こえた。迷夜はそちらを見なかった。目の前の女を見上げ、見下す。笑ってやる。

「どうぞ?」

 出来るものなら。殴れるものなら。やってみれば良い。その瞬間、貴女の負けが決まるだけだ。…我ながら、これも傲慢な思考だ。だけど、これが私だ。

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