第14話
迷夜の父の大盟は、少年の頃、組み紐を作る業者の下働きをしていた。掃除や買い出しなどの雑用が主な仕事だったのだが、ある時職人の一人が面白半分に自分の仕事を手伝わせた。大盟は恐ろしく物覚えが良く、また、器用な性質で、特に教わってもいないのに職人の仕事を横目に見ていただけで、完璧に作り上げてしまった。
ここで大盟が幸運だったのは、その職人が『こいつにもっと細かくて複雑な仕事をさせてみてはどうか』と己の上司に掛け合ってくれたことだ。
場所が移り、仕事の内容の難易度が上がっても、大盟はその後も頭角を現し続けた。
色石から宝石、金属加工。様々な材料を扱い、これまでに無かった意匠で美しいものを作り上げた。通常、物作りの工程では一人の職人は同じ作業を担当し、別の作業は他の人間が受け持つことが多い。が、大盟は可能な限り、自分で各工程をこなした。それが学びに繋がると信じて。
やがて独立し、一人の職人では無く、多くの職人を抱える立場にもなった。商人として、売買にも力を入れた。
この流れの中で、大盟は許家に婿入りしている。元の姓は程で、そちらで記憶している業者も少なくは無い。
「ちなみに、父は自分の作ったものを絵図や文章で帳面に残しているんです。個人で依頼を受けた場合は、許可を得てお名前を控えさせていただいています。…その指輪、帳面にあるのを見たことがあります」
「!」
「個人の依頼では無かったのですが。父がかなり若い時に手がけたものです。…無名も同然でまだ、宝石などの高価な材料は大して使えなかった頃でしょう。その分、紋様の細やかさに苦心したのだと。高価では無いからこそ、どこに出回ったのか、は掴めませんでしたがまさか後宮で出会うとは」
「……嘘よ! そんなの! でまかせだわ!」
恋麗の声はほとんど悲鳴だった。
「……良いですよ。これが嘘だと言うのなら、別の角度からこの件を見てみましょうか」
迷夜はにっこりと笑ってみせた。周囲が身構えているのが分かる。今度は何を言い始めるのか。宮の中に居る人間は全て、こちらに注目していた。その内、おっとりと茶菓子を齧っているのは梢花一人だ。
「……美味しい」
途中で気が変わってお茶会参加となって梢花まで巻き込んでしまったが、楽しめているようなら何よりだ。
「私の故郷、滄珠の地は宝石の原石が取れることで有名です。…特に、紅玉と蒼玉でしょうか」
大盟はその昔、採掘の現場を己の目で見るために滄珠の地に来て、玉雪とその父と知り合ったのだ。
「故に昔から、そう、それこそ百年や二百年、もしくはもっと前から装飾品の数々が作られてはいました。瓏の国の他の場所よりも、その技術は進んでいたとは思います。…それでも、現在のものとはだいぶ質も趣も異なりますが」
迷夜は静かに記憶を辿る。
「二年程前でした。滄珠の地に墓荒らしが多発したことがあります」
梢花が無言で頷いている。そんなこともありましたねぇ、と。無言なのは菓子を頬張っているからだ。
「墓、荒らし…」
他の皆様は話の着地点が掴めないらしい。恋麗も同じなのか、ただ呆然と迷夜の言葉を繰り返す。
「特に大きな墓を狙う者たちで。狙いはその副葬品でした。結果として、その被害は墓荒らしたちが仲間割れによって全滅したことで終わりましたが。…その後、副葬品を元に戻したい、と墓守の方に父が依頼されて、私も同行しました」
「貴女も?」
王后が問うてくる。
恋麗から視線を外して、迷夜はそちらを一瞬だけ見た。気を引き締める。緩められる訳にはいかない。恋麗に言いたいことを突き付けるまで、退きたくない。
「ええ。私に関しては、父の教育の一環ですけど」
「教育…」
迷夜が定めている、己の仕事。
大盟を手伝うために、装飾品の流行り廃りに神経を尖らせておくこと。装飾品だけでなく、装束全般にも目を向けてどう合わせたら映えるのか、を考えること。自分でも思い付いたことは帳面に書き留めて、描き留めて置くこと。組み紐を作るといった作業は、後宮でも毎日怠らないこと。細かい作業を手に覚えさせて、忘れないように。父と約束したわけでは無いが、迷夜は己に課している。そして、父は多分、迷夜がそうすることを見越していた。
「副葬品を年代別に分けて、どの墓のものかを推察していくんです。滄珠の地は国の中でも装飾品の質が良い。それは遺体と一緒に埋葬される副葬品にも言えることです。勉強になるので、ついでに盗掘されたものだけでなく、これから埋葬される遺体の副葬品も見せてもらいました。どう配置するかも教えてもらいました。遺体の入った棺も見ましたし、墓の掘り方も。それについても、父は『俺の仕事だ。お前も見るべきだ』と」
恋麗がどこか、慄いたように後ずさる。慄かれても。自分だって数十年後には墓の下にいる予定だろうに。
話を戻す。
「ですので、ここ二百年程の装飾品の変遷は分かっています。この国の技術は滄珠の地に集まるので。父の次くらいには見てきた自負があります。…なので、そちらの指輪は百年も経っていないと、私は断言できます」
別の角度、と言いつつも結論は同じところに辿り着く。迷夜はゆっくりと息を吐いた。
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