第12話


 お茶会の場所は後宮内で一番広い宮、花籠宮と呼ばれる場所だ。とにかく無駄に広い。まず入る前から建物が大きい。実は迷夜も、この宮は最初に覚えたくらいだ。

「うーん…。流石にこの宮の場所は間違えないかな…。よし、さっき考えた言い訳の最初に『早目に出たので時間があり、あちこち探索していたら、知らないところに出てしまい』って付けよっか」

「その方が無難ですね」

 迷夜と梢花の会話を聞いて、矢厳が頭を抱えたそうにする。

「…あんたたちさ、何でそう自然に言い訳考えるんだ。最初からちゃんとしようとかは無いのか。……来たばっかりの時も、案内してたら勝手にいなくなるしっ」

 しまった。思い出させてしまった。

「そこは…私たち、おのぼりさんなんだから大目に見てくれると助かるんだけど」

「王城を歩く、なんてなかなか出来ないことですしね」

 許家に仕える者らしく、梢花も最終的には迷夜に甘い。こういう時は同意してくれる。

 矢厳は頭を抱えるまではしなかったが、額は抑えた。こちらの言動は頭痛の種になってしまったか。ごめん。

 口に出せば余計に頭痛を悪化させそうなので心の中だけで詫びて、迷夜は花籠宮に乗り込むことにした。時間的にはちょっと遅刻だ。

「こんにちはー」

 恐らく、入り口で来た人間を確認する役目の宦官と、そこから席まで案内する役目の宦官が、揃ってこちらを見て目を剝いた。遅刻したことについてか、遅刻した人間が何処までものんびりと挨拶をかましたことについてか、或いはその両方か。

「えーと」

 考えてきた言い訳を披露しようとした時、だった。

「来たぁー! 来ましたよっ。新しい妃っ」

「何の連絡も無く、さぼる気かと思ってましたよっ。何なんですか、貴女っ」

「えっと……すみません?」

 何の連絡も無くさぼる気だった妃です。と、言って良い雰囲気では無かったので、とりあえず心にも無い謝罪をする。

「さ、早く。席まで案内します」

 案内役は問答無用で、こちらを追い立て始めた。梢花と矢厳まで一緒に。

 気が付いた時には迷夜は、梢花と矢厳と共に、卓を囲んでいた。そして、同じ卓を囲んでいるのはもう一人。迷夜の丁度、向かい側。

 臙脂色の装束には銀糸で花々や鳥が刺繍されている。生地も縫製も刺繍の細やかさも、最上級品である。装飾品は簪、耳飾り、首飾り、腕輪、指輪。それらは金に珊瑚で統一されている。刺繍の銀糸との兼ね合いが絶妙だった。迷夜としても思わず、感激してわぁあっと叫びたくなったくらいだ。

「……。………」

 叫んで、近寄って、観察したい。衝動をどうにか抑える。どう考えても初対面の相手にそれは、失礼が過ぎる。そのくらいの良識は、辛うじて持っているつもりだ。

 何よりそれらを身に纏う人が、とてもそんな暴挙を許しそうに無かった。

 迷夜の父である大盟は、常に娘に圧を掛けてくる人だ。迷夜に逆らう気を起こさせない。周囲の賛否はあるが、迷夜本人は逆らわずに如何に圧を避けるか、もしくは跳ね返すか、を考えるのが楽しいので受け入れている。

 それに似た部分はあるが、同席しているこの人の場合は、圧では無い。寧ろ逆と言うか。傍に居るだけで、ほどける感覚がある。押し込められていたものが霧散するような。

 圧は無い。だからこそ…迷夜には理解が遠くて、怖い。この人が迷夜を寄せ付けないのではなく、迷夜が寄って行かれない。こういった類の緊張はあまりしたことが無い。

「お呼び立てして、ごめんなさいね。新しい子が来たら、顔を見て、お喋りしたいと思ってしまったの」

 可愛らしく微笑む。子どものような笑顔だ。御年七十五と耳にしたことがあったが、本当だろうか。確かに髪は見事に白髪だし、顔に相応の皺もあるが。

 この人、が。

 瓏の国。国王・荷淳風の妻。王后・斗果南。

 国王の淳風は八十歳。数年前から、病気がちだと噂されている。公務に出てくることも、だいぶ減り、居室に籠っていることが多いと聞く。王后はそんな夫を公私共に支え続けていて、良妻の見本であると評判だ。若い頃はその才色兼備を謳われたらしい。

「あ、の」

 矢厳が、王后に話し掛けようとした。

 位置としては、迷夜が彼女と向かい合う形になっている。故に梢花と矢厳は両隣。王后のお隣だ。二人もそれはもう、緊張しているらしく、顔が強張っている。侍女や宦官が妃と同席していて良いのか、という疑問も持っているようだ。迷夜はそんなことは普段から全然気にしないが、周囲からの視線は痛い。やはり一般的とは言えないのだろう。王后に強く勧められてこうなっているから、誰も文句は付けられないのだろうけど。

 矢厳は彩維の欠席について、詫びようとしたのだろう。ついでに、泥だらけの足元のことも。が、王后はやんわりと遮った。

「貴方も、そちらの方もゆっくりしていってね。とても良い香りのするお茶が手に入ったのよ? 是非、感想をお聞きしたいわ」

「……はい」

 矢厳は引き下がった。王后が引き下がる選択肢しかくれなかった、とも言う。

 …この人は、彩維が来なかったことをどう思っているのだろう? 迷夜を新入りの妃だとは把握しているようだが、後宮の妃全員の区別がついているものだろうか?

「では、お茶会を始めましょうか」


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