第8話


「単に私に、お菓子作りの才能が無いだけかも知れないけどね…」

「そこは…どうでしょうね」

 迷夜のぼやきに、梢花が濁した答えを返してくる。

 それでも父は、迷夜が作れば失敗作でも食べてくれるようになった。余程、義母に叱られたのが効いたのか、或いは心底、迷夜にすまないと思っているのか。そのどちらもか。

 迷夜としては、自分は皆に甘やかされているなぁ、と強く認識した件でもある。義母が怒り、兄弟たちが怒り。

 また、この話は許家の屋敷の使用人や、仕事場の職人を通じて、地元に広まった。主に許家の笑い話として。向かうところ敵なし、の家長であり、雇い主である大盟の駄目な夫もしくは父親感の漂う逸話として知られるようになったのだ。

 思い出して、少し笑った後、迷夜は気を取り直すように言った。墨は磨り終わったところ。自分が集中し切ってしまうと長くなるようなので、先に伝えておこう。伝えておけば、頃合いを見て、梢花が声を掛けてくれる。

「梢花。これが一段落したらちょっと出かけてくるわね」

 そう口にしながら、紙に筆を滑らせる。曲線。曲線。…ここは少し。いえ、直線の方が良いかしら?

「え。えっと…どちらに?」

「んー」

 尋ねてくる梢花に、少し考えてから、敢えて曖昧に笑うことにした。

「王様がほとんど不在なんだから、妃だって部屋を空けても良いんじゃないかしら」

 数日前に門の前で会った二人を思い出す。…その内の一人、優しげな顔立ちで、でも、こちらを注意深く観察しているようだった文官。門番と違って、梢花に見惚れているようでも無かったし。…彼はこちらに、何を見たのだろう。


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