19. ペクタスの話

 ペクタスに案内されてたどり着いたのは、大通りから少しはずれたところにある食堂だった。彼は店員にひらりと手を振って、迷いなく二階への階段を上がる。店員も大して気にせず、サフィラとクラヴィスに愛想よく会釈した。


「こっちです」


 そう言って、ペクタスは扉を開ける。そこは簡素な寝室で、寝台と机と椅子があるだけの部屋だ。


「ここは俺を匿ってくれているところです。ここなら、ゆっくり話せる」


 どうぞ、とサフィラとクラヴィスに寝台を差し出す。サフィラがおずおずとそこに座ると、クラヴィスは乱暴に座った。ペクタスも椅子に座る。


「僕はサフィラといいます」


 サフィラが自己紹介をすると、クラヴィスも名乗った。


「それで、生贄とはなんだ」


 単刀直入に尋ねるクラヴィスに、ペクタスは少年らしくほっそりした指を絡まる。顎を引いて、俯いた。少し沈んだ声で話し出す。


「太陽が昇る時間が短いのは、お前の祈りが、奉仕が足りなかったからだと言われたんです。それで命をもって、つぐなえ、って」


 首を横に振り、「ばかげてる」と彼は吐き捨てた。


「神子は、この島の十代前半の男児から、くじ引きで選ばれて三年間テストゥードーに仕えます。……俺はつい昨日、三年経ったからってお役御免になったんです、けど」


 訥々と、彼は語る。時々つっかえて言葉を探しながら、続けた。


「お前が祈りをサボっていたから、太陽が出る時間が短くなったって、責められたんです。それで、テストゥードー復活の儀式? のために、命を捧げろって」


 髪の毛をかきまぜるように頭を抱え、「そんなんで、死んでたまるか」と呟く。


「つまりお前は、その『償い』とやらから逃げ出してきたのか」


 クラヴィスが尊大な態度で尋ねると、ペクタスはこくりと頷く。サフィラは「えらそうにするな」とクラヴィスの膝を叩きつつ、ペクタスに尋ねた。


「あなたはテストゥードーの力が衰えたのはあなたのせいだと責められ、生贄になることを要求されたんですね」

「は、はい。そうです」


 ふむ、とサフィラは考え込んだ。


「その『テストゥードーの力』が復活するというのは、太陽が出ている時間が元通りになることを指す、という考え方で合っていますか?」

「いえ、違います」


 ペクタスは、はっきりと否定した。


「海へ入った太陽を呼び出して、海亀にするって言ってました。泳ぐ太陽、とか」


 ぞわり、とサフィラの腕に鳥肌が立った。反射的に手首のチャームを押さえつつも、口の端が興奮で歪む。その表情に、ペクタスが少し怯えた顔をした。


「サフィラ、顔」


 クラヴィスがサフィラの頬をぺちんと触る。は、と我にかえりつつ、サフィラは手帳のページをめくった。


「それについて、詳しくお話を聞けませんか。もしかしたら、力になれるかも」

「え?」


 思い切り怪訝な顔をしたペクタスに、サフィラは頷いた。


「僕は、テストゥードーにまつわる伝承を集めています。その儀式を回避する方法を見つけられるかもしれなくて……」

「いや、ちょっと待ってください」


 ペクタスが首を横に振る。早口で、まくしたてるように反論した。少し興奮しているようで、眉間にしわが寄っている。


「そもそも、太陽が海に入って海亀になるっていうのが、ありえない話じゃないですか。そんなの伝承の中だけで、本当にそんなことが起こるわけがない」

「でも、実際に日照時間は短くなっていて……」

「だからそれも、何か測るときにおかしくなっているんじゃないですか? とにかく、そんなの、絶対にありえない」


 サフィラはすっかり困ってしまって、口をつぐんだ。隣のクラヴィスが「しかしな」と両ひざに手を置き、少し前のめりになって言った。


「お前にとってそれが真実でなくても、長老たちやここのサフィラにとっては『真実』なんだ」

「だから、それが間違ってるって話ですよ」


 なおも反論しようとするペクタスに、「落ち着いて聞いてくれ」とクラヴィスは低く静かな声で続ける。


「お前が信じられないことを事実や真実であるとする相手に、『それは事実ではない』と言っても、ただ話が通じないだけだ。平行線で終わってしまう」


 ペクタスは何か言いたげにしたものの、黙りこんで膝を握った。クラヴィスはうっすらと笑い、「だから考え方を変えろ」と自らの頭を指の関節で叩く。


「相手の納得する論理を使って説得するんだ。そうすれば相手も耳を傾ける余地が生まれ、お前も主張を通すことができるかもしれない」

「でも……」


 不満げなペクタスに、クラヴィスは目を細めた。サフィラは内心、「それって僕のことじゃないのか」と思ったものの、胸の中にしまっておいた。


「お前には誰か、置いていけない奴がいるんじゃないのか」

「あんた、どこでそれを」


 クラヴィスは、呆れたように肩をすくめた。変なところで耳ざといんだから、とサフィラは脚を組んで動向を見守る。


「お前が『あの子を置いていけない』と言っていたんだぞ。どうやら思っていることが全部、口から出ているらしいな」

「えっ」


 慌てて口を手で塞ぐペクタスに、クラヴィスは喉を鳴らして笑った。その大きな口で、分かるさ、とちいさく呟く。


「隣に留まっていたい奴がいるなら、死にたくないよな」


 それが随分と切実な声色だったから、サフィラは思わず目を背けた。ペクタスは拳を握りしめて、唇を噛んだ。ちいさく息を吸って、「大切な人がいるんです」と吐露する。


「……俺の婚約者。あの子を置いていきたくない。あの子の隣を、知らない奴に譲ってたまるか」


 その目に燃える執着に、クラヴィスは愉快だと言わんばかりに口の端を上げた。サフィラはちょっと着いていけなくて、身体を少し離す。


「いいだろう。俺はお前に協力する。サフィラもするだろう?」

「うん。もちろん……」


 ペクタスは二人に頭をさげて、クラヴィスに向きなおった。クラヴィスがこんなに好意的なのは珍しい、とサフィラはクラヴィスに視線を向ける。大抵、年下の面倒を見るのはサフィラで、クラヴィスは放置気味なのに。


「まずはお前が分かっていることを、俺たちへ洗いざらい話せ」


 居丈高な物言いは変わらないが、ペクタスは心を開いたようだった。

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2024年9月20日 18:03

苦労人ツンデレ学者が世界を救うため海へ消えるのを幼馴染のエリート溺愛騎士が許してくれない 鳥羽ミワ @attackTOBA

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