18. 救難信号

 クラヴィスに連れられるまま食事をとり、サフィラは図書館へ戻ろうとしていた。クラヴィスは、一緒に着いてくることになった。


「邪魔はしないから一緒にいたい」

「……勝手にすれば」


 サフィラが折れた結果である。

 二人で店を出て歩いていると、露店の並ぶにぎやかな通りにさしかかる。食料品から雑貨、土産物。雑踏の中、クラヴィスがサフィラの手を握った。


「はぐれるといけない」


 迷いなくサフィラの手を引く。サフィラは思わず「うん」とちいさく頷いて、彼の後に続いた。あまりにもためらいなく、当たり前に握られたものだから、抵抗もできない。

 先を行くクラヴィスが、どん、と誰かにぶつかる。ぶつかってきた小柄な人物は「すみません」と口早に言って去ろうとする。クラヴィスが怪訝な顔をしていると、すぐ近くで大きな罵声が聞こえる。


「このガキ! 逃がすな!」


 逞しい何人か男たちが、口々に叫んでこちらへ向かってくる。

 追われているらしいその人物はしかし、雑踏で足を取られて転んだ。サフィラが見かねて助け起こすと、クラヴィスは舌打ちをする。


「往来で大騒ぎするな。サフィラが心配するだろうが」

「あん? なんだ兄ちゃん、威勢がいいじゃねぇか」


 男たちはクラヴィスを取り囲む。それでも怯む様子のないクラヴィスは、ふんと鼻を鳴らした。


「貴様らのせいで、せっかくの逢瀬が台無しだ」

「なんだぁ、デート中かよ。かっこつけやがって。そのお綺麗なツラ、ぼこぼこにしてやるぜ」

「イイ人に慰めてもらいな!」


 せせら笑いながら、男の一人がクラヴィスへと殴り掛かる。クラヴィスはそれをひょいといなし、腕を掴んで捻り上げた。


「い、イテェッ」


 呻く男に、他の男たちも「野郎」と叫びながら飛びかかる。クラヴィスは彼らの拳や蹴りを避けつつ応戦し、一人ずつのしていった。


「大丈夫ですか?」


 それをよそに、サフィラは追われている人物の顔を見た。どうやら少年らしい。目鼻立ちの整った美しい顔立ちをしており、黒髪に赤い瞳が印象的だ。


「あの、その」


 困ったように目をさ迷わせる少年に、サフィラは安心させるように優しく微笑みかけた。


「僕、サフィラといいます。あっちで大立ち回りしてるのは、僕の連れのクラヴィス」


 少年がクラヴィスを見る。ちょうど、最後の男がクラヴィスの蹴りで地面に沈むところだった。周りには、男たちの死屍累々が積み重なっている。


「終わったぞ、サフィラ」


 ぱんぱん、と手を叩くクラヴィスに、周りが沸き立つ。ヒューヒューと口笛まで聞こえ始めた。クラヴィスはそれに顔色ひとつ変えず、サフィラを呼ぶ。


「行くぞ」

「あ、うん」


 サフィラが若干後ろ髪を引かれながらも、立ち去ろうとしたときだ。


「待ってください!」


 少年が、サフィラの腕を掴む。驚いて立ち止まるサフィラたちに、少年は懇願した。


「助けてください。このままだと俺、殺されるんです」


 クラヴィスとサフィラは、顔を見合わせた。少年は、さらに続ける。


「俺はペクタス。このままだと、太陽への生贄に捧げられるんです」


 その赤い瞳に、涙がにじむ。サフィラはおずおずとペクタスの肩に手を置き、さすった。


「その、太陽への生贄とは、なんですか」

「ここ最近、太陽が出ている時間が短いのを見て、生贄が必要だって。長老たちが、言うんです」


 掌で涙を拭って、ペクタスは二人を見上げた。固く唇を引き結んで、強張った表情で、なおも俯かない。


「テストゥードーの復活のために、魂を捧げろって。そんな馬鹿なこと、俺は信じていません」


 サフィラとクラヴィスは、思わず顔を見合わせた。クラヴィスは首を傾げたが、サフィラはすぐにペクタスを振り返った。


「詳しく聞かせてもらってもいいですか」


 クラヴィスはサフィラを背後から抱き込み、「俺もついていくからな」と囁く。当たり前だろ、とその腕を叩くと、その力が強まる。

 その様子を見て呆気に取られているペクタスに、サフィラははっと我にかえってクラヴィスを引きはがす。


「どこか、ゆっくり話せる場所へ行きましょうか」

「は、はい。こっちです」


 サフィラとクラヴィスは、ペクタスに案内されるままに歩き出した。ペクタスは少し安心したように息を吐き出し、「お願いします」と小さく呟いた。


「俺は死にたくない。あの子を置いて、死ねるもんか」


 その言葉に、クラヴィスがわずかに目を細めた。

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