冬季番外編②0積もる想いは雪のよう

 雪が静かに降り積もる町。斎藤翔さいとうかけるはいつも通り、カメラを手に街角に立っていた。冷たい風が頬を刺し、白い息が空に消えていく。その目の前には、見慣れた景色が広がっている。


 薄く黄色く照らされた街灯、雪に覆われた小道、そして遠くの山々が冬の静けさを放っていた。


 翔はその景色をシャッター越しに切り取ることが好きだった。何もかもが静かで、永遠に続くようなこの時間に、何かを感じ取っているような気がした。


 だが、その静けさの中にどこか足りないものがあった。翔は気づいていた。人との繋がり。心の中で温かさを求める気持ちが、雪のように降り積もるが、それが何なのかどうしても掴めなかった。


 その時、ふと目の前に図書館の窓が見えた。翔がふだんからよく通う場所だ。夜遅くまで開いていて、静かな空間で心を落ち着けられる場所。図書館の前に立つ女性、木村佳奈が目に入った。


 佳奈はいつものように、控えめに微笑んで翔を見ていた。翔はその笑顔に、いつも通り目を伏せた。彼女とはよく顔を合わせるが、言葉を交わすことは少なかった。


 「こんばんは、翔さん」


 佳奈が声をかけてきた。翔は無理に笑顔を作って返す。


「こんばんは。寒いね」


 佳奈はほんの少し肩をすくめて、寒さを感じている様子もなく微笑んだ。


 「今日は雪がきれいですね。」


 翔はその言葉に頷きながらも、心の中で何も感じていない自分に気づいていた。どこか遠くにいるような、そう感じた。


「うん…」


 その後、何も言わずに二人は立ち尽くしていた。翔はその時間が不安だった。心の中に、佳奈の優しさがじわじわと染み込んできて、それを拒絶することができなかった。


 数日後、また図書館で偶然佳奈と会った。翔は相変わらず黙々と本を読み、佳奈は静かに本の整理をしていた。


 二人の間には無言の空気が流れていたが、翔はその空気が心地よくもあり、またどこか息苦しくも感じていた。


「翔さん、最近写真撮りに行くことはありますか?」


 突然、佳奈が尋ねてきた。翔は驚き、少しだけ考えてから答えた。


 「うん、今日は少し外で撮ってきた。街角の風景」


 「そうなんですね。」


 佳奈は何か言いたそうな顔をしていた。翔は気づかないふりをして本を手に取った。だが、何かが違った。佳奈の目が、ほんの少しだけ揺れたような気がした。


 その晩、翔は自分の部屋で、またあの笑顔を思い出していた。彼女がどんな気持ちで自分に微笑んでいたのか、どうしてあんなに優しく接してくれたのか。


 そんなことを考えていると、胸が少し痛んだ。だが、どうしてもその気持ちに踏み込むことができなかった。


 彼女のことを好きだと気づいたときには、もう遅すぎるのではないかと思ったからだ。


 数週間後、佳奈が顔色を悪くして図書館に来た日があった。翔はそれを見逃さなかった。彼女が何かを隠しているのではないかと感じた。


 その日、帰り際に佳奈が突然言った。


 「翔さん、少し話したいことがあるんです」


 翔は驚き立ち止まった。佳奈の顔にはいつもの優しさはあったが、どこか陰りが見えた。


 「なんだか…最近、体調が良くないんです」


 翔はその言葉に、胸が締め付けられる思いがした。佳奈はさらに続けた。


 「実は、私は…病気なんです。治療はしているけど、どうしても時間が足りないんです」


 翔は言葉を失った。心臓が止まるかと思った。彼女の口からその言葉が出るとは思ってもいなかった。


 「ごめんなさい、こんなこと言って。でも、あなたに言いたくて…」


 佳奈は涙をこらえながら微笑んだ。それが、翔の胸をさらに締め付けた。


 それから数日後、佳奈の病気は悪化し、ついに倒れてしまった。翔は病院に駆けつけたが、彼女はもう意識を取り戻すことはなかった。


 「翔さん、私は…ずっとあなたを好きでした」


 病室で、佳奈はかすかな声で翔に告げた。その言葉が、翔の心に深く刻まれる。


 「でも、私はもう…あなたと一緒にいられない。だから、どうか…後悔しないで生きてください」


 その言葉が、翔の心を引き裂いた。


 佳奈が亡くなった後、翔は何もかもが止まったように感じた。彼女がいなくなった町は、まるで雪に埋もれたように冷たく感じられた。


 翔は佳奈が遺した言葉を胸に、彼女が好きだった冬の風景を撮り続けた。彼女が見たかった景色を、自分のカメラを通して見つめながら。


 雪が降るたびに、翔は佳奈を思い出した。そして、彼女の笑顔が少しずつ心の中で温かさを取り戻させてくれることを感じた。


 でも、どれだけ時間が経っても、彼女とのすれ違いは消えない。翔はただ、冬の雪のように、静かに彼女を待ち続けるのだった。


 冬は、永遠に続くかのように感じられた。翔はその中で、少しずつ前に進む決意を固める。

 

 だが、彼の心の中で佳奈は、いつまでも雪のように静かに存在し続けるのだった。


 積もった想いは雪のように…、


[雪の中で君を待つ]


 雪が降りしきる街角で

 君の面影を探している

 冷たい風に頬を刺されても

 心はまだ、君の温もりを求めている


 あの日、君が言った言葉

「後悔しないで生きてください」

 その声は今も、雪の中に響き

 静かに胸を締めつける


 写真を撮るたびに思い出す

 君が見たかった景色を

 僕のレンズ越しに、

 君の笑顔を、

 雪の中に隠したままで


 時は過ぎ、雪は解け

 街は春の息吹を感じ始めるけれど

 僕の中の冬は

 まだ終わりを迎えていない


 君がくれたあの優しさ、

 あの言葉、

 あの笑顔

 それらはすべて、雪のように積もって

 消えない痕跡となり

 僕を待ち続ける


 君のいない世界で、

 僕はひとり歩きながら

 雪が降るたびに、

 君を待ち続ける

 温もりが戻るその日まで

 君の笑顔が

 心の中で、静かに輝いているから


 春が来ても、

 僕は君を待ち続ける

 雪のように静かに

 心に積もった想いを抱えて



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夢を叶える本屋 彩原 聖 @sho4168

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