十六話・病み上がり・温泉。

・・・・・意識が遠のく。

この感覚には恐ろしいほど覚えがあるぞ、やっぱり桜坂さんの料理には何かが...


ガタッ


俺は額を思い切り机に突っ伏す形で打ったようだ。正気なら痛くて涙目になるくらいの衝撃だったが、混濁した意識の中ではそんな痛みなんて無かった。


瞼は勝手に閉じていき、もうすぐ完全に意識がなくなろうかと言う時、俺を強く呼ぶ声がかすかに聞こえた。


「要っ!! ねぇ、要ってば!! どうしたの!」


「要くん、大丈夫ですか?!」


「オイ辻堂!! 急にどうしちゃったのよ!!」


これは多分エドとアリス会長、それと橘さんが心配してる声だろうな。


と、ある意味呑気に考えた瞬間、俺の意識は途絶えた。


******



それから何時間が経過したのか分からないが、俺は目を覚ました。


知らない天井だ。


なんてな。そんなことより身体が死ぬほど重いぞ、食べた量で言えば今回は前よりも限りなく少なかったのにそれでもこれか。


そう思いつつ、俺は身体を起こし周囲に目を落とす。


「スースースースー・・・・・」


と、俺が寝ていたすぐ横でか細い寝息をたてるエドの姿に加えて周りのベッドにも永徳学園の生徒が二人ほどダラっと眠っていた。


どうやらここはキャンプ場の宿泊施設か何からしい。


と言うか、ありえないくらい喉乾いた。


思い立った俺はベッドからそっと出る。


「ねぇ...要。ダメだよ」


「はっ?!」


別にやましいことは無いが、俺は名前を呼ばれて思わず声を上げてしまった。


「目を覚まして...ヤダよ、要...」


「な、何だ、寝言かよ...」


と、目を向けた先のエドが目を瞑ったまま口を動かしていたのを見て俺は安堵する。


昼間は髪を結っているが、今は完全におろし、幸せそうに寝ているエドの姿は完全に女の子だった。


「って、何でまたドキッとしてんだ俺は。まぁ、心配させたのは悪かったけど」


眠るエドの顔を見ながら言いつつ、俺は部屋をそっと出た。


外に出ると長い廊下があり、目を擦りながらアテもなく歩く。


少し歩くと、壁に張り紙がされていて俺はそれ自然と目を向けた。


「大浴場、二十四時間営業...」


ふむ。これは入るしかないよな? というか、喉が渇いたから出てきた訳だけど、大浴場に行けばきっと自販機くらいあるはずだしな。


デッカい風呂を一人占め出来るなんて最高じゃないか、多分先生達も寝静まってるだろうからバレやしないだろうし。


あんな目に遭ったんだ、少しくらいいよな!!


そう思った俺の脚はすでに大浴場を目指して進んでいた。



******



「フゥーっ!! マジで貸切だなぁこれは!」


男一人、大浴場の脱衣所に辿り着いた俺はジャージを脱ぎ捨てながら声を上げる。


きっともう少し前に来てれば湯上がりの女の子達を眺められてたって言うのに、勿体無いなぁまったく。


そんなことを言いつつ、裸一丁になった俺は大浴場へ足を踏み入れる。


中は広く、サウナもあって古いのかと思いきや壁や床は見るからに新しくて清潔感があった。


「ぶふぁぁあ。」


湯に浸かって一言、息を漏らすような声が出る。

極楽って言うのはこういうことだったんだなぁ、入学してから色んな事で身体を酷使していたせいか、余計染みるなぁ。


しみじみ思っていると、ガラガラ。と、さっき入ってきた大浴場の戸が開く音が響く。


俺は咄嗟に肩まで浸かり、隅に移動した。

マズいぞ、誰か来た。この時間に生徒はこないだろう、けどきっとこの宿泊施設は永徳学園とうちの聖クリスティで貸し切ってるはずだ。


となると、教師の中の誰かってことになる。


俺は湯に浸かっているのに近づいてくるピチ、ピチという足音に肝を冷やす。


「あっ、ご、ごめんなさい、私、間違えてっ」


と、通路側に背を向けていた俺の耳に入ったのは明らかに戸惑っている女の子の声だった。

俺はその声を聞いて愕然とした。


もしかして俺、女湯と男湯間違えた...


「...あれ、もしかして要くん?」


バレた?! というかこの声、どこか聞き覚えが。


「え。えっと。どなたでしょうか...」


「こっち見てもいいよ、今はタオル巻いてるし」


「い、いや。そう言いましても流石に...」


「良いから」


と、やけに積極的な彼女の言葉に乗せられた俺は両手で目を覆いつつ、風呂の中で振り返る。


「大丈夫だからちゃんとこっちを見て?」


「う、うう。わかりました」


言われるがまま、俺は覆っていた手の指の間から彼女の姿を目に入れた。


そこには本当にタオル一枚巻いただけの美少女が立っている。透き通った白い肌、スラっと伸びる手足、全て綺麗だった。


「き、君は確か昼間に...」


そう、目の前にタオル一枚だけで立っている女の子と俺は一度会っている。

髪を束ねてるせいか、ほぼ裸の姿のせいか、昼間とは印象が違う。


そしてこの子の名前が出てこない...


「酷いなぁ、私のこと忘れないでねって言ったのに」


「ご、ごめん。あれから色々あって何というか今は病み上がりだから」


「フフッ、なにそれ。病み上がりなのに女の子と大浴場で二人きり?」


「そ、それは偶然で!!」


俺が声を上げると彼女はまたおかしそうに笑う。


「工藤花音よ、もう次はないから忘れちゃだめだぞ?」


「あぁ!! 花音...さん」


「もう、花音でいいわよ」


呆れ気味に言った工藤花音はため息を吐くと俺が入っている風呂に足先を入れる。


え、入るんだ、え?


「あ、タオル巻いて入ったらいけないのは知ってるわよ? でも、会ったばかりで全裸にはなれないでしょ?」


「あ、う、うん。」


いや、そこは出るとかじゃないんだ、というかどうしよう、この感じだとこのまま一緒に入る事になるよな。


「まぁ、その辺はこの時間帯だし、私と貴方の二人きりだから許してちょうだい」


「いや、俺は別にいいけど...」


「良いけどなに?」


花音は言いながら少し鋭い視線を向けてきたので俺はそれ以上何も言わなかった。


いや、言わなきゃだめだろ、タオル巻いてるとは言え、女の子だぞ? しかも超が付くほどの美少女だし、この状況はマズイ。


なにがマズいって俺のジュニアくんがマズい!!


「それで、校外学習は楽しめたの?」


「えっ、いや、まぁそこそこかな。色々あってそれどころじゃないって感じもするけど」


「ふぅん。そう、それは良かったわね。羨ましいわ」


突然振られた話題に戸惑いながら返事をしたが、どこか妙な感じがした。


何というか、花音もこの校外学習に参加していたはずなのにやけに客観的というか、他人ごとのような。


「その、花音はどうだった? 女子と男子は殆ど別行動だった訳だし」


「うーん。まぁ、普通よ。可もなく不可もなくって感じかしら」


「そ、そっか。」


凄いな、何というか大人な感想というか、落ち着いているというか。


俺がそんなことを思っていると花音は少し笑いながらグッと肩を寄せてくる。


「ねぇ、そんなことよりやっと呼んでくれたわね」


「え、えっ?! 呼んでくれた?」


「名前よ、私の名前。」


「あ、う、うん、呼んだ...よ?」


戸惑いながら返事をすると花音はまたクスクス笑う。


いや、そんな場合じゃないからね? 腕とか足とかモデルみたいに細いのに胸はとんでもなくわがままだし、顔もこんなに近くで見てもちいさくて...


マズい。


「ねぇ、今度はちゃんと覚えててくれる?」


「へっ?! う、うん! 覚えたよ!」


「そう、それじゃ、今度は本当の本当に忘れちゃダメよ?」


「わ、分かった! 分かりました!!!」


近い近い近い!!!


もう限界だ、こんなの耐えれる訳ないぞ、俺は健全な男の子だぞ?!


心の中で叫びながら、俺はタオルでしっかり下半身を覆いながら立ち上がる。


「ご、ごめん! 俺、少しのぼせできたからこの辺で!!!」


「あっ! ちょっと待って、まだ話したい事が沢山あるのに!!」


「ま、また今度!! それじゃー!!」


俺は言い残し、急いで脱衣所へ向かう。


本当、色々とのぼせた。

手で抑えなくてもタオルが落ちないくらいには。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吐き気がするほど勉強したのに、俺が入学したのは超お嬢様学校な件。 諸星晃 @morobosi22

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ