第5話 参考「黒澤明知ってる ? V.2.4 2014年 1月24日平栗雅人」
「素晴らしき日曜日」1947年(昭和22年) 脚本 植草圭之助・黒澤明
<引用開始>
この題名が、素晴らしい。
というのは、この日曜日ほど散々な日はないからだ。
1946年(昭和21年)、国家公務員大卒の初任給が540円(銀行員大卒で220円)、まんじゅう一個5円、電車初乗り5円、コーヒー一杯5円(ミルクが入ると10円)。ところが、この映画のカップル(雄造と昌子)は、週(月?)に一回しか会えない日曜日のデートに35円しかない。貧乏なのは彼らだけではない。当時、日本中がこういう恋人であふれていたのである。
この映画は、ドストエフスキーの「罪と罰」と同じ。つまり、物や金に振り回されていた人間が、ついに精神的な価値に目覚めることで、真の幸福を手に入れる、という物語(殺人はない。モノや金という妄想から開放され、心の昇華を得たという意味で)。
映画では、先ず二人で住む家(アパート)を探す。が、二人の稼ぎではとても無理。気晴らしに動物園へ行くが、猿やキリンの方が自分たちよりも立派な家に住んでいるのを見て意気消沈。一枚10円のコンサートのチケットも、三国人ヤクザに買い占められて駄目。喫茶店でもボラれ、代金の代りにコートをおいてくることに。
空襲で焼け野原となり、まだあちこちにバラックや廃墟が残る東京の街。ところが、昼間から着飾り、キャバレーやダンスホールで酒を飲み・踊る人間がいる。多くの戦災孤児のかたわらを、きれいな着物に着飾った裕福な家庭に育つ子供が歩いている。
必ずしも皆が皆、貧乏なのではない。戦争で逆に「焼き太り(儲ける)」している人間がいる。
(ヤクザといっても、本当の日本人のヤクザ(任侠)は、戦争が始まると真っ先に徴兵され、最も危険な場所(最前線)に行かされ、そのほとんどが戦死した。敗戦直後、茫然自失状態の日本人に暴力をふるい、略奪したヤクザというのは日本人の顔をした偽日本人でした。)
「一番美しく」1944年(昭和19年) 脚本 黒澤明 反戦映画の最高峰
(「黒澤明知ってる ? V.2.4 2014年 1月24日」より)
前作「姿三四郎・続姿三四郎」において、武道の強さと美しさを描いた黒澤は、今度は、日本女性の内面的な強さ と美しさを、この「一番美しく」という映画(というよりもドキュメンタリーに近い)で証明しようとした。顔やスタイルや衣服でなく、内面の充実によって醸(かも)し出される精神力の美しさ。
・・・
映画のストーリーは単純である。第二次世界大戦中、神奈川県平塚にあるレンズ工場で働く女子工員たちの毎日をドキュメンタリー風の物語として描いている。
当時、学校でも工場でも、学生や従業員を監視するために、政府から役人や軍人が送り込まれていた。しかし、無邪気な少女たちは、まるでバレーボールの試合に熱中するかのようにして、それぞれの仕事に邪心や疑念を捨てて一心不乱に集中した。戦争も政治も宗教もない、彼女たちの純真な心は、「撃ちてし止まむ」などという、偽善的な言葉を超越した美しさに輝いている。
・・・
この映画の最大の見どころは、ラストの場面にある。
ここで黒澤は、またしても彼の得意技「反転・切り返し」を使い、観客の心をアッと言わせる。黒澤は当時の映画人が強要された「戦争賛美映画の製作」を武道家らしく、非常に巧妙に、そして豪快に切り返した。彼らの力(命令・圧力)を利用して、ものの見事に投げ飛ばしたのである。
戦争のため、国家に奉仕するために、母の看病はおろか葬式にさえ行けない(行こうとしない)娘。
母の死を聞き、深い悲しみに慟哭・号泣するはずの少女が、能面のように無表情な顔をして作業場へ去る。この時、彼女たち女子工員の寮母は、このいたいけな少女をこう評して微笑む。「本当に良い子になりました。」( → 戦争遂行に協力する良い子供、という意味で)
この恐ろしさ。この瞬間、寮母の顔には「四谷怪談」に匹敵するほどの怖さがある。
この寮母は、女子工員たちと同じように、純真で美しい心をもつ優しい女性だ。
その彼女の美しい顔がラストのこの場面で、「般若・鬼女の能面」になるのである。 戦争(に協力すること)を賛美するかのように見えるこの映画は、実は、戦争の狂気を陰画にした映画でもあった。「お国のため」「鬼畜米英」という掛け声によって人々が洗脳され、平時の悪が善となり、正義を説けば非国民と罵倒される。
黒澤は、当時の恐ろしい社会の風潮を、逆に「美しさ」に反転させることで、無抵抗の抵抗をした。陰と陽、真理の裏表。そのギリギリの一点を衝くことを剣道で学んだ黒澤が、映画作りにおいて、その力をみごとに発揮した作品のひとつといえよう。
<引用終わり>
2024年8月26日
V.1.1
2024年8月27日
V.1.2
平栗雅人
私の「素晴らしき日曜日」 V.1.1 @MasatoHiraguri
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