第7話 婚約破棄


 サラとブルーノが互いに腹の探り合いをしている中、クレアとロイドも互いの様子を伺っていた。

 カサブランカ家の咲き誇る花々を眺めながら、クレアとロイドがお互い笑顔を張り付けて、仲睦まじくおしゃべりしていた。


「クレアにお茶会に誘ってもらえるなんて嬉しいな。本当なら毎日でも一緒にお茶したいよ」

「まあ殿下ったら。さすがに毎日お茶会に招待するわけにはいきませんわ」

「一緒に暮らせれば招待しなくても毎日一緒にお茶できるよ?」


クレアと毎日会いたい、むしろ一緒に暮らしたいロイド。何とか今日のお茶会でより仲を深めていっそ一緒に住むよう仕向けたい思いがある。

 そんなロイドにいつ婚約破棄を言おうかと機会を伺うクレア。前世の記憶のような破滅する未来を防ぐためにも何として破棄しておきたいところ。

 二人がそれぞれの思いを胸に談笑していた。

 そんな二人をそばで見守りつつ、サラは何事もなく終わる事を祈っていた。


「殿下。華姫様の警護役、大変でしょう?」


クレアは微笑んでそう尋ねた。


「そんな事ないよ。けど、君と会う時間は今までより減ってしまうかな」


そんなクレアを穏やかな笑顔で見つめながら答えるロイドは誰から見ても幸せいっぱいだった。

 だがサラは不安でいっぱいだった。

 クレアはここからどうやって婚約破棄を切り出すのだろうか。幸せいっぱいなロイドを前に普通の人ならとても言い出せない。

 しかしサラには見守ることしかできないので、心の中でそっとクレアにエールを送った。


「まあ。そんなに大変なんですね」


そんなロイドの想いとサラの心配に気付いているのかどうか分からないが、クレアはいつも通りの様子だ。


「実はね、華姫様の警護だけじゃないんだよ」

「え?」


クレアは目をパチクリとさせた。ロイドは少し言いにくそうに眉根を下げた。


「ファントム、という輩が出て来ているんだ」

「ファントム?」

「あらゆる花園に忍び込み、花を盗んでいくらしい」

「花を盗る!」


クレアの顔が不安色に染まった。

 奇跡を呼ぶ花が咲き誇るインフラワーニティ王国で花を盗むことは重罪。そして花を守れなかった貴族達にも罰が与えられる。

 クレアが不安になるのも当然であった。


「クレア、心配しないで」


ロイドは優しくそう声かけた。そして胸の前で手を握り締めるクレアに手を伸ばした。


「必ず私が捕まえるから」


ロイドの手が優しくクレアの手を包み込んだ。まるで壊れ物でも触るかのような優しい手つきに、さすがのクレアも頬をほんのりと赤く染めた。

 そんなクレアの反応に、ロイドは満足気に微笑んで、握り締めるその力を少し強めた。

 そうして、ゆっくりとクレアの手をロイドの口元に引き寄せる。

 ちゅ、というリップ音を立てて、クレアの手にキスをする。

 まるで獲物を狙う獣のような目でロイドはクレアを見つめる。キスされた瞬間、目を丸くしたクレアだったが、すぐに社交辞令の笑顔に戻していた。ロイドの熱い視線にもまるで動じていない。


「頑張ってくださいませ、殿下」


するりとロイドから手を離し、ゆっくりと紅茶を飲み始める。そんなクレアの様子に、さすがのロイドも固まってしまう。


ーーロイド殿下、可哀想。


一部始終温かく見守っていたサラは、そっと顔を逸らした。

 正直とても見ていられない。

 ここまで真っ直ぐ想いを伝えてくるロイドなのに、クレアはまるで相手にしていない。他の令嬢達なら失神してもおかしくないほど眩しいイケメンっぷりだと言うのに。

 なるべく不自然にならないよう、サラは紅茶のおかわりと新しい茶菓子の準備してみた。


ーーこれも前世の記憶が関係しているのでしょうか。


サラはそう思うことにした。

 そしてクレアとロイドから目を逸らして現実逃避しているとブルーノが手伝いに来た。


「クレア様はなかなか手強いですね」


いなくていいのに、と心の底から思った。ブルーノは面白そうにクレアとロイドの様子を見守っている。


「クレア様に仕えていたら毎日飽きないでしょうね」

「そうですね」


確かにクレアと一緒にいると毎日楽しい。おかしいこともあるが、基本的に気配り上手なクレアのそばは本当に心地よかった。

 だからこそ、クレアのために出来ることは何でもしたい。クレアが幸せになるのなら、このままロイドとの縁談が無くなればいいとサラは思っていた。

 しかし、こんな事で挫けるロイドではない。ロイドもロイドですぐにいつもの笑顔に戻して愛おしそうにクレアを見つめ始めた。


「それにしても、花泥棒なんて、久しぶりに聴きましたわ」

「そうだね。以前も出たね」


花泥棒ーー確かに数年前にも同じような事件が起きていた。

 そのことはサラも覚えていた。


「我が国の花は貴重な物だからね」

「そうですわね」

「そう言えば、カサブランカ家の庭園は久しぶりだな」

「今の時期は花がいくつか咲き始めた頃かと思いますわ。庭園の中を散歩いたしますか?」

「嗚呼、ぜひお願いしたい」


クレアは「では」と言って立ち上がった。ロイドも立ち上がり、クレアの腰を抱いて横に並んだ。歩いている時もずっと愛おしそうにクレアを見つめている。

 見たいと言っていた花なんて、これっぽっちも見ていない。

 一見仲睦まじい恋人同士のクレアとロイドの後ろにサラも続いて歩いていた。


「カサブランカ家の花園はやはり素晴らしいですね。」


いつの間にかサラの隣に並んでいたブルーノが、物珍しそうにそう言った。

 横に並ぶなと言いたくてつい睨んでしまう。

 サラは心の底から舌打ちしたかったが、何とか堪えて笑顔を作った。


「ローレル家の庭園も素晴らしいと聴きますよ」

「はは。月桂樹の花は慎ましいですから、どうしてもカサブランカ家のような華やかさには欠けて見えるんですよ」


カサブランカ家がユリの花を守護しているようにローレル伯爵家も守護している花がある。それが月桂樹なのだ。確かにユリの花ほど見栄えはしないかもしれないが、この国で花の守護を任された家系というだけでかなりの身分である証明になる。

 サラとブルーノがそんな会話をしていると、ロイドがにこやかにクレアに尋ねた。


「そう言えば、クレアの用事とは何だったんだい?」


クレアは目をきらりを光らせた。クレアの様子に、サラも思わず緊張してしまう。


「ええ、殿下にお願いがありますの」

「クレアのお願いかい?」


ロイドはものすごく喜んだ。ほとんどないクレアからのおねだりに、心が跳ねるほど喜んでいるのが手に取るように分かった。


「楽しみだなあ」

「まあ。殿下ったら」


クレアは、にっこりと微笑んだ。


「婚約を、破棄していただきたいんです」

「は?」


 和やかだった雰囲気が一瞬にして凍りついた。

 ロイドは固まってピクリとも動かなくなり、サラの隣にいるブルーノからは顔の色がなくなった。

 見事な顔面蒼白である。


ーーさすがです。お嬢様。






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私のお嬢様は異世界転生悪役令嬢らしいです。 友斗さと @tomotosato

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