第6話 お茶会
温かな陽の光が差し込む午後のこと。
クレアはクリーム色のドレスに身を包み、庭園でロイドを迎える準備を進めていた。サラが出す紅茶を味見して、今日はこの茶葉にしようか、と楽しげに話している。サラは紅茶やお菓子の準備をしつつ、ユリの花の飾りを整えていた。
王都の隣町に、カサブランカ家の領土がある。
華姫の就任式典の後、サラとクレアはこの領地に戻ってきていた。王都と隣接しているという事もあり、領地内は交易の場としてかなり賑わっている。そのため比較的裕福な領民が多いのだが、それを治めるカサブランカ家は別格であった。
貴族の中でもかなり裕福なカサブランカ家は、領地の四分の一が邸宅なのだ。と言っても、誰でも入れる公園のような場所もあれば、カサブランカ家しか入れない居住区もある。その中でも有名なのが、カサブランカの花園であった。
貴族たちは花の名前を背負い、我が家の花として大切に守っている。その為、貴族の敷地内にも多くの花が植えられているのだ。サラが仕えるカサブランカ家も例に漏れず、カサブランカの花園があり、季節になると本当に美しく咲き誇る。
ただ、貴族が守る花園に咲く花は、ただの花ではない。
そのため、花園にはその家の者か王族か華姫しか入れない。
そんな大事な場所なのである。
そして、そこでクレアはロイドに婚約破棄を伝えようと決心していた。
「準備はバッチリね、サラ」
「ええ。お嬢様」
自信満々なクレアを見て、サラは不安でしょうがなかった。あの日招待状を届けた後、サラはすぐにクレアにロイドの様子を伝えた。
それを踏まえてサラはクレアと入念にリハーサルを行い、今日この日を迎えた。
しかしそれでもサラは順調に婚約破棄できるとは思えなかった。
「今日でロイド殿下の婚約者も終わりね。……婚活しなきゃいけないんだわ。できるかしら、私」
婚約破棄できると確信しているクレアはさらにその先の心配をしていた。気が早いような気もしたが、サラは何も言わずに微笑むだけだった。
ーー何があっても私はお嬢様を守るだけです。
改めて気を引き締めたサラは、戦いの場に赴くがごとくお茶会に臨むのであった。
そして、そんな事は露も知らないロイドは、時間ぴったりに現れた。
「嬉しいよ!君から誘ってもらえるなんて!」
ロイドは出迎えに現れたクレアに笑顔で駆け寄ってくる。しかしクレアは愛想笑いを浮かべてロイドを出迎えた。他の令嬢が見たら卒倒しそうな笑顔にも、まるで動じていない。
ーー脈が無さすぎます。
サラはため息をつくのを我慢した。
相思相愛を信じて疑わずクレアを溺愛するロイド。その気持ちを全く理解しておらず婚約破棄を望むクレア。
ややこしい事になるのなんて、目に見えている。そして更にややこしいのが互いに勘違いし合っているのだ。
「今日は来てくださりありがとうございます、殿下」
「君のためならいつでも駆けつけるさ」
そんな口説き文句を言いながら、満面の笑みでバラの花束を差し出した。
「まあ。ありがとうございます、殿下」
ここまでされてもクレアはあいも変わらず社交辞令。穏やかに笑ってはいるものの、照れる様子もなければ、甘い雰囲気も全く無い。
接客する時の笑顔で、クレアは決戦の場へと案内した。
「どうぞ、こちらへ」
婚約破棄を言われるとは思ってもいないロイドは、嬉しそうにクレアの横に並んで歩き始めた。デレデレに崩れた表情は、見てるだけで溺愛っぷりが伝わってくる。今からクレアから婚約破棄を言い渡された時にどうなるか、考えるだけでもゾッとする。
サラはそっと視線を逸らして、お菓子と紅茶を準備を始めた。すると背後からサラにそっと近付いてくる人物がいた。
サラが振り向くと、あの失礼な男・ブルーノがいた。
「先日は失礼しました」
深々と頭を下げるブルーノに、サラは少し慌てた。
「いえ。気にしないで下さい」
まさか貴族が一人のメイドに頭を下げるとは思ってもいなかった。
「そう言えば、きちんと自己紹介していませんでしたよね」
顔をあげたブルーノは、にっこりと微笑んだ。彼もまた、ロイドに負けず劣らずイケメンだった。
「ブルーノ=ローレルと申します。今はロイド殿下のもとで秘書のような仕事をさせてもらっています」
ローレル家と言えば、貴族の間でも古い歴史を持つ伯爵家である。美男美女が多く、何かと社交会では注目を集めている。しかし、国王の影として情報収集や暗殺を得意とする一族である、という噂もある。
そして、目の前にいるブルーノも噂通りのイケメンであった。
「サラ殿はいつからここに仕えているのですか?」
ブルーノは愛想の良い笑顔で尋ねた。その笑顔に警戒しながら、サラは応えた。
「五年になります」
「クレア様とは仲がよろしいんですね」
「ええ。クレアお嬢様はとても気さくでお優しい方ですから、私のような者にも分け隔てなく接してくださいます」
相手は貴族。当たり障りのない返事をしながら、サラはお茶会の準備を進めていく。出来る事なら早くブルーノにはどこかに行って欲しい。
「それはサラ殿が優秀だから、というのも理由なのではありませんか?」
ブルーノの言葉に、サラは俯いた。
「私は……」
自分が優秀なんて、ちっとも思っていない。
クレアに拾われたあの夜を思い出して、サラの気持ちは沈んでいく。
「私はとても無力ですから」
サラの様子に、ブルーノは申し訳なさそうに眉を下げた。
「失礼しました。貴方にそんな顔をさせるつもりはありませんでした」
ブルーノの沈んだ声に、今度はサラが焦った。
「いえ。気にしないでください。落ち込んでませんし。私は私にできることをするだけですから」
「それでは俺の気がすまないですよ。そうだ。お詫びに何か手伝いをさせてください」
「結構です」
気を使わせてしまったのかと心配したサラだったが、全くの杞憂であった。ブルーノはこれ幸いとでも言うようにキラキラとした笑顔を見せて提案した。
むしろこれが目的であったようだ。
サラは即座に断った。
なぜここまで手伝いたがるのか。
もう声かけてこないでほしい、とサラは心から思った。
「まあまあ。こう見えて紅茶を入れるのは得意なんですよ」
しかしブルーノは全く聞こうとはしない。
本来なら貴族に召使いのような仕事はさせられない。しかし、貴族がすることに文句を言う事も出来ず、サラはため息をついた。
そんなサラの気持ちなど知ってか知らないでか、ブルーノはテキパキと紅茶をいれていく。ロイドの秘書をしているというから、何回かは経験があるのだろうと思っていたが、想像以上であった。
「紅茶、お好きなんですか?」
サラは思わず、その手際の良さに見惚れながら尋ねた。ブルーノは少し困ったような恥ずかしそうな、複雑な笑顔を見せた。
「ええ。好きです」
ブルーノは『好き』に、深い意味を込めたような言い方をした。
サラもそれに気がついたが、あえて尋ねなかった。
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