第5話 失礼な男
しかしこのお茶会が騎士達の穏やかな未来を奪うものだとはとても言い出せない。
ーーちょっと……予想外の展開です。
サラもロイドは華姫と結ばれると思っていた。
ーーこれはお茶会も波乱の予感ですね。
しかし今考えても仕方ない。
たとえ今はクレアを想っていても、今後はどうなるか分からない。サラは、ふとクレアの言っていた物語を思い出した。
クレアの前世によると、これからロイドは華姫と恋に落ちる。そしてクレアは『嫉妬に狂って華姫様に害をなして犯罪に手を染める』未来なのだと。
ーーお嬢様が悪役令嬢なんて考えられません。むしろロイド殿下の方が……。まあ、私がお嬢様を破滅なんてさせませんが。
サラが考え事をしているとロイドの離宮に到着した。
ベルを鳴らそうと手を伸ばした瞬間。
「どちら様ですか」
誰かが来てるのが分かっていたかのように、タイミング良く扉が開いた。
「っ!?」
サラは驚いてつい身構えしまった。
そこには整った顔立ちでメガネをかけた燕尾服姿の男性がいた。いかにも執事といった身なりをしているが、サラには見覚えがなかった。
「クレアお嬢様からの手紙を届けにまいりました。ロイド殿下に渡していただけますか?」
守護騎士となったことで人を増やしたのかもしれない。そう思ってサラはカサブランカ家の侍女として礼儀正しく対応した。
「何故……」
「はい?」
しかし男性は呆然と立ち尽くしていた。
「何故、ここにいるのだ」
サラは困惑した。
しかしそれ以上に男性も困惑した表情をしていた。
ーーこの人……何者?
サラは眉間に皺を寄せて、更に身構えた。
「失礼しました。初めてお会いしたのに名乗りもせず。私はカサブランカ家のメイドをしておりますサラと申します。本日はクレアお嬢様の手紙を届けにここに参りました」
「カサブランカ家のメイド?」
男性は今度はきょとんとした表情をした。目を丸くして、空いた口が塞がらない、と言った表情である。
「ブルーノ、何をしている」
「ロイド殿下」
サラの後ろにロイド殿下がいた。仕事を終えてきたようで式典で見たような豪奢な衣装を着ていた。きっと令嬢達が見たら卒倒する。
しかしサラが気になったのはそこではなかった。
ーーこの男、ブルーノと言うのですね。やっぱり知りません。
この不審な男のことが気になっていた。
「嗚呼、君はクレアの専属メイドのサラだったね」
ロイドは微笑んでそう言った。ロイドが名前を覚えていたとは思ってもいなかったサラは少し目を丸くした。そして小さく会釈した。
「はい。お久しぶりでございます」
「君が来るということはクレアのことかな」
ロイドは期待の眼差しでサラを見た。だがそんなに期待されても正直困る。
「ブルーノ、彼女は私の婚約者クレアの専属メイドなんだ。そう警戒しないでくれ」
「そうでしたか」
ロイドが和やかにそう声掛けした。ブルーノは少し落ち着いたのか、表情を引き締めた。サラは一刻も早くこの場を去りたくて、手に持っていた手紙をロイドに差し出した。
「こちら、お嬢様からの招待状でございます」
「ありがとう。クレアからの招待なんて久しぶりだな」
ロイドはみるみる表情を明るくして手紙を受け取った。頬を染め、本当に嬉しそうに微笑んでいる。他の令嬢が見たら黄色い奇声をあげそうだ。
ーー確かにお嬢様から招待するのは久しぶりな気がします。殿下、よく覚えていらっしゃいましたね。
サラも気にしていなかったが、言われてみると最近クレアから何かに誘うことは少なかったように思う。何か意図があったわけではなくたまたま忙しい日が続いていたからなのだが、ロイドは気にしていたらしい。
ーーこれはますます婚約破棄が難しくなってきたかもしれません。
ロイドの様子や態度、そして周囲の様子からもロイドはクレアのことを好きなことは明白だった。
「ありがとう!是非行くと伝えてくれ。後ですぐ手紙も書くよ」
これでは婚約破棄なんてうまく行くとは思えない。サラは笑顔を貼り付けた。
「かしこまりました」
そう言って頭を下げた。なるべく表情は見られたくない。
大事そうに手紙を見つめるロイド殿下を見て、サラはため息をつくのを何とか我慢した。
ーー帰ったらお嬢様と作戦会議ですね。
そしてブルーノへと視線をうつした。
ーーブルーノ、ね。
正直とても執事らしからぬ人物であった。先程からずっと見られていて、サラも居心地が悪かった。
「では。私はこれで失礼します」
「ああ」
ロイドの心はすでにここに無い。手紙ばかり見つめている。サラも早くクレアのもとへと帰りたかった。婚約破棄の段取りをしたい気持ちもあるが、何よりもブルーノから逃れたかった。
が、今まで無表情で沈黙していたブルーノが笑顔でサラに近寄ってきた。
「サラ殿、送らせていただきます」
ーーなんで?
サラは心の底から不思議に思った。ここで返事を遅らせては迷っていると勘違いされてしまう。
サラは一瞬の間を置いてすぐに笑顔作り、会釈した。
「いえ、結構です。お気遣いありがとうございます、ブルーノ様」
サラはそれだけ言うと、後ろも振り向かずにそそくさと去っていった。
そんなサラの後ろ姿をブルーノは呆然と見守るしか出来なかった。
「ふふ。ふはははっ!いやあ振られてしまったね、ブルーノ」
かたやロイドは腹を抱えて笑っていた。
「そうですね」
サラが見えなくなった方をじっと見つめながら、ブルーノはふ、と微笑んだ。袖にされたというのに、嬉しそうな表情をしている。
「また、会えますよ」
何故か確信したようにそう言ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます