第17話 目をそらしてたこと

 きれいな歌声で、目をさました。おもわずうっとりしちゃうような、すてきな声だ。


 ぼくは、そばにいる女の人をみて、ナーニャのときみたいに、ぎょっとした。おどろいた理由がナーニャとおなじく二つ。顔がとってもきれいなのと、からだの下半分が、想像とちがかったこと。


「もう、そんな顔してみないでよね」

 そうやって、彼女はひらひらと泳ぐ。ヒレを上手につかって。


「人魚の男には、わたしのウロコ、とってもきれいって言われるのよ。あなた、そう、カッパさんみたいに、半分が陸で、半分が水中っていう妖怪には、どう見える?」


 きれいでしょ?と言わんばかりに、くるっとターンしてみせた。まさか、人魚なんて妖怪が、実在するなんて。


「ほかのみんなは?どうしてる?」

「休んでるわ。村長がお呼びよ。まず、先にそっちに行ってらっしゃい」


ぼくは、案内されるまま、村長の家に行った。ぼくはカッパで、いくらでも泳いでられるけど、息がずっと持つわけではない。だから、ワカメでできたマスクを、あてがわれていた。


人魚が住むこの村は、とてもきれいだった。それに見とれながら、泳いでいると、やがて村長の家についた。村長の家は、この村で一番おおきい。


「村長はこちらでお待ちです」


二階まで、階段のかわりに、おしゃれな棒をつたって、上へ上へと泳いでいく。


「よくきてくれたな。カッパよ」


人魚が、王さまのすわるようなイスにすわって待っていた。とても風格ある、女王さまのような人だ。


「話がある。なぜ、おまえはカッパになったのか、知りたくはないか」

「そりゃあ、もちろん知りたいけどさあ」


「おぬしらの連れは、かくしていることがある。わたしは、首をつっこむのはあまり好きではないが、おぬしがたどる運命をみると、あまりに気の毒な気がしたんでね。」


「気の毒ですって?たしかに、カッパになったのは、そうかもしれません。でも、ぼくたちの仲間は、みんないい人ばっかりですよ。かくしていることなんて……」


たしかに憎んだこともあった。


けど、ながい旅をして、助けあううちに、ぼくは心からみんなを信頼していた。

絆みたいなのが、ぼくたちのなかに、うまれていたと思う。


「そうか。しかし、おぬしは、なぜ自分がカッパになってしまったのか、教えてもらったか?」


「そんなの教えてもらうまでもないですよ」


ぼくは、池でおぼれたナーニャを助けたことを説明した。


でも、確かにずっと疑問におもっていた。


ふつうの人間が、おぼれただけでカッパになるわけがない。


遺伝子がどうたらってナーニャは言ってたっけ。

でも、ぼくの親は人間だ。妹も人間だ。


「おぬしの父親は、人間と恋におちて、駆け落ちしたのじゃ。それで、いなくなってしまった河童の力が必要になったのじゃ」


「じゃあ、河童が、ぼくの本当のお父さん…。ぼくを必要としたってことは、もうこの世には……」


村長は、少しためらってから、うなずいた。


「ああ、もう死んでおる」

「人間との恋に、賛成する者は、ほとんどおらんかった。逃げるしかなかったんじゃ。二人だけでな」


ぼくは、ふくざつな気持ちのまま宿にもどった。ぼくの実の父さんは、妖怪たちの古くさいおきてに、殺されたんだ。


ぼくは、ごはんをすこしずつ食べながら、村長との会話をおもいだした。


「父さんと母さんは、もしかしたら、まだ生きているかもしれない」


ぼくは人間の家族に、また会うのはあきらめた。でも、家族が恋しくて仕方ない。


「なきがらは、まだ見つかっていない。しかし、生きている姿も、誰もみていないのだ。うわさでは、アマノザコに目をつけられたと言われている」


「それじゃあ、捕らえられているだけで、まだ生きているかもしれない!」


「だったら、どうするのじゃ!わしらとしても、助けだしたいが、アマノザコの力は強すぎる。それに、一度とらえられたら、生きていたとしても、死人同然のありさまだろうよ。生きる希望は、妖術によってすいとられ、顔はのっぺらぼうにされる」


ぼくはおちこみながら、ぼんやりとイスに座っていた。すると突然、あついっ!

ふりかえると、ナーニャが立っていた。片手には、ストローがついたいれ物を持っている。


「あったかいココアをどうぞ。いれてきてあげたわよ」

「あ、ありがとう」


ナーニャは、ぼくをじっと見つめた。心をみすかされているようで、どぎまぎする。


「あなたは、アマノザコを追いかけたいとおもってる」

ぼくは、ゆっくりとうなずいた。


「ああ、父さんと母さんに、会いたいんだ」

「行きましょう」

「ぼくだけで行くよ」

「わたしたちも行くわ。だって、いつまでも逃げているわけにはいかないもの。立ち向かわないと、やられるだけよ」


「テングさんは、きっと反対するよ」

「その逆よ。わたし、テングさんの差し金だもの」


おもわず、二人でくすくすと笑いあう。

「じゃあ、村長にあいさつしにいかないとね」

村長の家に向かおうと、歩き始めると、地面がぐらぐらと揺れはじめた。上をみあげると、紫いろに染まっている。不吉な予感がした。

村長は、最後の力をふりしぼって、結界をはっていた。

「ガース・バイダーを倒すのよ」

「村長!おいてはいけないっよ」

「わたしには、わたしの役目があるの。あなたが、アマノザコを倒さなければいけないようにね」


「アマノザコが、とうとうここまで」


アマノザコの毒で、海はおかされていた。もう逃げ場はない。


「アマノザコは、どうやって、海まできたんだろう」

「ええ、ありえないわよね」


アマノザコは、クジラにのっていた。そこに乗りこむと、のっぺらぼうがいる。

ぼくは、あたまをむんずとつかんで、放り投げようとした。


すると、びりっ。


やぶれた化けの皮のむこうには、ぼくとそっくりの、顔があった。


「そうだ。俺は、おまえの父親だ。お前に、俺が殺せるか」


ぼくは、呆然としたまま、海に取り残された。

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河童になったらすごい嫌われるじゃん 盟友カラス @ainlet

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