第16話 海の旅

 しばらくおしながら泳いでいると、船じしんの力だけで、浮かぶようになった。あとは、エンジンを使えば、こっちのものだ。


「…って次はなんだよ。もう子どもはこりごりだ……」

子どもには悲しい目にばっかり遭わされる。


 子どもが流木にしがみついて、助けを呼んでいるのを見つけてしまったのだ。


「助けてあげましょうよ」

「あやしすぎる。アマノザコの手先かもしれん」


「あんなに小さい子どもなのに?話だけも聞いてみましょうよ」

「仕方ないな。おい、カッパ。右のほうへ向きを変えてくれ」


 ぼくは左手に力をこめて、右へ向きを変えた。流木にしがみついた子どもは、近くでみると、赤ちゃんのような体つきをしていた。


 髪が生えてなくて、頭が大きい。目も大きくて、ますます赤ちゃんみたいだ。体型は、赤ちゃんにしては、やせていた。


「おいら、船からおっこっちまったんだ。助けてくれたら、天気をおしえてやるぞ」

「天気なんか、どうでもいいわい」


 ぼくはできるだけさりげなく、口をはさむ。


「天気がわかれば、台風がきそうなときにそなえられるんじゃない?」

「わかったところで、どうする?びくびくしながら、けっきょく波にのみ込まれるしかないだろう」


 ナーニャがじれったそうに言った。

「天気なんかどうでもいいわ。とにかく、助けないと」


 ぼくは船から手をはなして、子どもをかかえた。ナーニャにてわたす。子どもは、心からほっとしているようだった。


「本当にありがとう。あなたたちは、命の恩人だ。これから、約束どおり、あなたたちに天気をおしえるよ」


「そんなことより、あなたの名前は?」

「これは、失礼した。ぼくは、ナミ小僧。よろしく」


「こちらこそ。わたしは、ナーニャよ」

「ぼくは、カッパ」

「わたしは、ロクロ」

「わたしは、テングだ。よろしく、と言っても、おそらくお前の力は、役に立たんと思うがね」


 でもなんやかんや言っても、ぼくらは台風でこっぴどい目に合わされてたし、こんな子どもの妖怪をおいていくのも気がひけたから、つれていくことにした。


 島から、船にのせられるだけの食べものを、めいっぱい積みこんだ。それから、土の感触がなごりおしかったけど、ぼくらは出発した。


 長いあいだ、ぼくらは順調にすすんだ。ときどき、ナミ小僧が、鼻をひくつかせて、警告する。


「西から、台風のにおいがする。いちどスピードをゆるめろ」


 ぼくは台風と聞いてあわてた。

「はやく行って、台風から逃げたほうが、いいんじゃあないの?」


ナミ小僧が答える前に、ナーニャが口をはさむ。

「ばかねえ。台風のスピードに、かなうわけないじゃないの」


「だからって、おとなしく台風にあたってくだけろなわけ?」

ナミ小僧は、いんぎんな態度で、首を降った。

「いや、ちがう。台風の目まで、案内しよう」


テングさんは、ゆかいそうに、ガハハと笑った。

「では、恩をかえしてもらおう」


 ナミ小僧の言うとおりに、テングさんは、左に八分の一だけ、舵をきった。


 ロクロは、説明をきくと静かに立ちあがって、帆をたたみ始めた。首をのばして、口を器用につかいながら、半分ほどにたたむ。


 そのまま、ずっと待った。

テングさんは、不安そうに腕をくんで言う。


「なんだか、さわがしくなってきたな」

「ほんとうね。このまま沈んでしまうんじゃないかって不安になるわ」


 波はどんどんはげしくなって、ぼくらの船をゆさぶった。かんたんに直した船だし、すぐにこわれてしまうんじゃないだろうか。


 ナミ小僧は、おちついていた。ぼくは必死で船にしがみつきながら、ナミ小僧に、本当に大丈夫なのか聞こうとした。


そのとき、急に静寂につつまれた。


 さっきまでの騒がしさとの差にびっくりして、しばらく誰も、何も言えなかった。


 ナーニャが、ぽろりとこぼした。


「うわあ、しずかね…」

「そうですねえ」


 ロクロはあっけにとられながら、いつものクセでなのか、お茶をくんでいた。


「ナミ小僧、よくやってくれた。礼を言わなければ」


 テングさんに頭をさげられて、ナミ小僧は、すこし照れくさそうだった。

「このまま台風の目を逃さないように、ついていくのが、大事なんだ。気をぬいては、だめだ」


「そうだな。まあめでたいことは、素直に祝おうではないか」


「台風って、ぼくたちが行きたい方向と同じところに行くの?」

「ああ、運のいいことにな」


「もしかしたら、運だけじゃないかも。バミューダ・トライアングルの力かもしれないわ」


 そうやって、台風の目に入って、静けさを味わった。台風の目のなかにいれば、台風の力をかりて、船の動くスピードもはやくなる。

 いい旅ではないけど、このまま行けば、旅の終わりに、はやくたどり着けそうだ。


 ナミ小僧とぼくは、すぐに友だちになった。釣りをしたり、トランプをしたり、船がこわれない程度に、鬼ごっこをしたりして遊んだ。

 そのまま夜になった。


「なあ、ナーニャ。ナーニャは、いつからクモ人間になったんだ?」

「ジョロウグモって、言ってちょうだい。クモ人間って言ってちょうだい。わたしはうまれたときから、この姿よ」


 ナーニャは怒って、そう言った。それから、ナーニャはしばらく、楽しそうに、そしてなつかしそうに、自分の両親の話をした。


「わたしのおしりのもようはね、お父さんゆずりなの。きれいでしょ。でも、できればお母さんに似たかったな。お母さんに似たのは、クモの糸だけ。細いけど、その分、敵にばれにくいの」



「そうか。遺伝なんだね」



おやすみ、と言ってから、ナーニャははっとして、急いでつけ加えた。


「もちろん、あなたみたいに、両親が人間で、なにかの原因で、妖怪になるっていうひともいるわ」


 ぼくは、ナーニャのあせった様子を見て、ますます不安になったし、おかしいと思った。


 聞こうかと思ったけど、ナーニャのあせった口調をおもいだして、聞いたらおそろしい答えが返ってくるんじゃないかって怖くなって、そのままだまって眠ることにした。


 疑問が、いやなシコリみたいにのこるのを感じたけど、どうしようもなかった。

「怒ったいきおいで、余計なことまで、べらべら言っちゃったわ」


 ナーニャは、そそくさと眠ってしまった。

 そうやって、のんびりとかまえていたら、突然、めきめきと大きな音が、足もとでなった。


「おい!船首にあつまれっ!一箇所に固まるんだ」


 ナーニャはロクロをかかえて、船首まで糸でとんだ。

 ぼくはナミ小僧を船首にいるナーニャに向かって投げようとした。


「いやだ。カッパをおいていけない」

「二人とも死んだって、意味ないよ。君だけでも助かってくれ」


 そうやって言い合ってると、ぼくの足もとの木が、とうとうまっぷたつに割れた。


 まっさかさまに落ちていくまえに、いそいで無理やりナミ小僧をナーニャに投げとばした。


 よかった。これで、少なくともしばらくは、みんな無事だろう。そうしたら、台風をぬけて、みんなは航海を続けられるだろう。


 でも、気を失う直前にみた光景は、なぜか、テングさんが一番に、海のなかに飛びこんでくる様子だった。ナミ小僧をかかえている。


 せっかく助けたのに!ぼくは、そのまま意識をうしなった。

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