第15話 悪者は…ぼくだね

 ふりかえると、ぼくと同じくらいか、年下くらいの少年だった。


「父ちゃんの船は、ぜったい、わたさねえぞ」


 そう言って、また切りつけてきた。ぼくは、ぼくと同じクラスになってもおかしくないような子を、やっつけるのは気がひけた。だけど、一番にナーニャを助けたい。


 ぼくは、帽子をとって、あたまと、顔を見せた。


 サムは予想通り、あたまについているお皿と顔のクチバシを交互にみて、ひっくり返りそうになっている。


「ひえっ。カ、カッパ」


 ひるんだすきに、少年のナイフを取り上げた。ぼくは、少年にナイフをつきつけた手がふるえるのを、必死におさえた。


 肩がきられて痛かったし、人に凶器を向けるのが怖かった。でも悟られちゃだめだ。

 ナイフを本当に刺すには、少年との距離はけっこうあるけど、ビビらせるには充分だろう。


「港に、おとなしく帰るんだ」


 少年は涙目になりながら、首をふった。

「い、いやだっ。父ちゃんの船だ。とうちゃんがぼくにのこした船なんだ。命をかけてまもる!」


 どうしよう、おもったよりも、根性がある。こんなに小さい子どもなのに。


「いいからもどりなよ、ね?」


 もはやお願いっという感じで、少年を見つめる。


「いやだ!そんなナイフ、こわくないもん」


 ぼくは、いいかげん、ナーニャや遠ざかっていく船のことが心配になってきた。ぼくがあせって、困りはてていると、さっきまでぐったりしていたナーニャが、顔をあげた。


「ふーん、ずいぶんと、ゆうかんなのね。これでもこわくないのかしら?」


 ナーニャは、悪魔のような笑みをうかべた。ナーニャは、少年の首すれすれに、クモの足を突きつけていた。

 ナーニャの足は、するどくて、むらさきとくろの毛が生えていて、虫の類が苦手な人にとっては見るだけでゾッとするようなこわさだ。


 少年は、ピタッとかたまった。


「はやく行かないと」


 ナーニャは、またぐったりと力をぬいた。はやく戻らないと。


「ちょっと待って!」

 サムが呼び止める。


「いや、船にぼくも乗らせてよ。ぼくはあの船の操縦にくわしいし、航海するときの注意点なんかも知ってるよ」


 船とよっぽど別れたくないんだろう。それとも妖怪の僕らに同情したのか。


 ぼくはもちろん、首をよこにふった。そんなのだめにきまってる。


 まだ子供だし(自分もだけど)、信用できるかわからない(自分もテングさんを憎んだけど、それとこれとは、別なんだ!)。


 それから、ぼくは時間をかけすぎたと、あわててナーニャをおぶって、船に向かって泳ぎだした。そのあとを、かってに少年はついてくる。


「ぼくの名前は、サム。サム・ポールンっていうんだ。あんたは?」


 しばらく無視しておよいで、サムと距離をはなした。

 さっきまで命をかけて戦ってたのに、船を奪うやつらに名前を聞くなんて、変な奴だ。


 でも、サムはまだついてくる。うしろをみると、もうつかれはてて、おぼれちゃいそうだ。

 ぼくは手を伸ばしてサムをだきかかえて、泳ぎだした。


 サムをかかえている方の肩が痛むし、重いけど、置いていく気にはなれなかった。ぼくは答えた。


「ぼくは、カッパ。カッパでいいよ」


 船につくと、テングさんとロクロが、のんびりとお茶をしていた。


 ぼくとナーニャの分のお茶とざぶとんまで、しっかり用意されている。ぼくがナーニャだけでなく、サムをかかえているのをみると、ふたりともけげんそうな顔をした。そして、ロクロはぱっとはじかれたように立ちあがって、サムの分の、湯のみとざぶとんをもってきた。テングさんは、かけよってきた。


「おお、ごくろうだったな。ちと遅かったじゃないか。ほら、ナーニャもこんなにくたびれちまって」


 ナーニャは、意識こそあるものの、たくさんの海水を飲んで、具合が悪そうだった。テングさんは、ロクロを呼んだ。


「具合をみておいてくれ。わたしはこの坊やを、海に投げいれなくちゃあな」


 テングさんは腕まくりをして、近づいてくる。サムは、がくぶるとふるえるばかりで、腰がぬけてしまったようだ。


「テングさん、待ってよ。あの、彼を船にのせておけば、けっこう良いことあると思うんだ」


 ぼくは、サムに情がわいていた。


「わたしは反対だぞ。お前がせいぜい責任もつんだな」


 サムは、運転をとても上手にやった。帆のはりかたを教えてくれたり、ビタミンをとるように、注意してくれたりした。


 ナーニャは、すぐに元気になった。ナーニャは、サムとすぐに仲良くなった。でも、テングさんは、あいかわらずきびしい目で、サムをみていた。


「この海を、さらに東にいけば、バミューダ・トライアングルね」

サムはうなずいた。


「うん。でも、オススメしないな。そんなとこ行ってどうするのさ」


 夜になると、交代しながらねむった。

ある晩、サムとぼくが、ペアで見張りをした。トイレをしに、サムをのこしていったときがあった。もどってくると、サムが誰かと話しているようだ。ぼくはいそいで駆けつけると、サムはウグメにかこまれていた。いそいで、ウグメを追いはらう。


「大丈夫かっ?」


 声をかけて、肩をゆさぶる。だけどサムは、ぼくと目を合わせない。ただ、「大丈夫…」と答えるだけだった。このときに、気づいてあげるべきだったんだ。


 次の夜、雨がふった。その夜があけるころには、天気はさらにあれた。いつもなら、サムが船をあやつって、あれた空から抜けだしてくれる。けど、今日のサムは、なんだか具合がわるそうだ。


 サムが舵をつかむために、よろよろと歩く。そのとき、船が大きくゆれた。サムはバランスをくずして、ころんでしまった。


「大丈夫!?」


 ぼくが駆けよっていくと、サムはぐったりとたおれていた。強くからだをうってしまったらしい。そばにしゃがむと、サムの口から、白い丸いものが、こぼれていることに気づいた。


 テングさんも、駆けつけてきて、サムのそばに転がる、丸いなにかに気づいた。


「まずいっこれはウグメのたまごだ」

「ウグメのたまご?なんでサムの口から?」


「産みつけたにちがいない。一つだけじゃないぞ」

「そんな…」


 ぼくは、この前の夜のできごとをおもいだした。サムをとりかこんでいた、たくさんのウグメたち。追いはらえたと思っていたのに。サムが、よわよわしく、口をうごかす。


「これを守りきれば、船をお前らから取りかえせるって」


 卵からヒナがかえり、すさまじいはやさで成長していく。ウグメの大群がおそってきた。


 ウグメたちは、つぎつぎに穴をあけていく。ただでさえ船は、この強い風と雨のせいで、ぐらぐらとゆれて、今にもしずみそうだった。そのうえ、穴から海水があふれてくる。


 沈むのは、もう時間の問題だ。


 サムにかけよったけど、もう息はしていなかった。ウグメの卵をうみつけられたときに、からだの中を、食いやぶられたのだろう。


 ぼくらは、波にもまれて、意識をうしなった。


 目を覚ますと、土の感触がした。見わたすと、ぼくらの運がとてもよかったことに気づいた。みんなぶじな様子で、はぐれちゃった人もいない。ナーニャは、もう目をさましていて、地図を熱心にみていた。


「ここはポカル島ね」

「てことは、つまり?」

「ちゃんと方向どおりにきたのよ!」


 サムのなきがらが、舵にしがみついていた。ぼくは、本のなかでみた、人魂を思いだした。サムの魂が、ぼくたちを助けようと、舵をにぎっていてくれたのかも。そんな、前だったらばかみたいな、考えが、でもいまだったらあり得る考えが、頭にうかんだ。


「でも、どうしよう。いったい、この船うごくのかしら?」


 ロクロが、船のあちこちを点検してから、もどってきた。


「うごくだろうけど、海までうかべるのが大変そう」

「まよい船でもつかまえて、のせてもらうか?」


うーん、とみんなで首をかしげる。


「あとちょっとだし、カッパが船をおすのはどう?泳ぎ、得意でしょ?」

「そんなの無理だよ。できっこない」


「こういうときのために、お前をつれてきたんだ」

 テングさんは腕まくりをしながら、ぼくに迫ってくる。


 ぼくは今にもこわれだしそうな船をおして、進みはじめた。サムは怒るだろうな。


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