第14話 船を盗む

カナガワ駅まで、なんとか生きて、到着することができた。

駅からでると、かんこう客でにぎわっていた。泳ぎにきたんだろう、水着姿がめだつ。


「うわあ、ほとんど裸のファッションね。やっぱりカッパも、あんなのがいいの?わたしみたいなボンキュボンよりっ」


ナーニャは、ぼくと同い年くらいの、やせた女の子を指さした。ぼくは、どぎまぎした。小学校三年生とはいえ、もうお年ごろの少年なんだ。


「そんなの、わかんないよ」


ぼくは、つっけんどんに言った。でも、人間の女の子の方がかわいいと思っちゃうのが本音だった。


人間の女の子とは、もう関わることはないのかと思うと、かなしかった。

ぼくたちが、まわりのかんこう客のあとについて歩いていると、ふと、潮のにおいがしてきた。それも二つの方向からだ。一つは近くて、二つめは遠い。ぼく以外は、気づいていないようだった。


「ねえ、潮のにおいがする」


みんなは、たちどまって、鼻をくんくんとひくつかせた。

ナーニャは、けげんそうな顔をした。


「何のにおいもしないわ」


テングさんも、においがわからないと、首をふった。


「しかし、カッパは潮のにおいに、敏感だからな」

お手伝いさんのロクロがすうっと、長い指を右にむけた。


「あっち。あちらのほうには、屋台が多いようです。魚や貝の。漁港もあるのでは?」


「なるほど。さすがロクロ!行こう」

ほめると、ロクロはこわいくらい無表情で、目線を外した。


「しまった。ちょっと、なれなれしかったかな」

ナーニャはにやりと笑った。


「ちょっとね。でも大丈夫よ。照れてるだけだから。ああみえて人見知りなの」

「意外…ではないね」


ぼくとナーニャは、くすくす笑いながら、ロクロのあとをついていった。とちゅう、テングさんが、なけなしのお金で、ホタテを買って、ナーニャにこっぴどく怒られていた。


漁港につく頃には、夕方になっていた。ぼくとナーニャは、船にしのびこんで、のっとる役割だ。


テングさんは、従業員が入ってきそうな入り口で、みはりをする。ロクロは屋上での見張りだ。屋上から、従業員が入ってきたのを見つけたり、予測していなかったことが起きたりしたら、首をのばして、僕かナーニャに知らせることになっている。


ナーニャは、ぼくにテキパキと指示をだした。ぼくはなんだか、なさけない気持ちになったけど、そんなプライドはおしころして、ナーニャについていった。


「わたしは、こっちから時計回りにロープを切っていくから、あなたは、反時計回りに、お願いね」

「りょうかい」


ナーニャは、テキパキとロープを切っていった。ナイフも使わずに、クモの足でシュッシュッと、器用にきっていく。ぼくは、ナーニャに負けたくないと思って、急いで船からナイフを探して、ちょうだいし、バサバサと、雑に切っていった。


「終わったわ。はやかったわね」

「よゆうだよ」

「テングさーん、ロクロー、終わったわよっ」

「おお、はやかったな。それでは、いくぞ」


テングさんとロクロが、急いで船にのりこんだ。


「さあ、急がないと、わたしが見張っていた場所から、船員がきてしまうかもしれん」


ロクロが、ムダのない動きで、舵をとる。それを手伝いながら、ナーニャがいう。


「そんなに早くは、こないわよ」

しかし、テングさんは心配している様子だ。


「いや、すぐに駆けつけてくるだろう。一人しつこいやつがいてな。ケンカになって、騒ぎになってしまったんだ」


ちょうどテングさんが話し終わったとき、入り口のあたりが、どやどやとさわがしくなった。


「まずい、人がおしよせてくる。急げ!」

「もうとっくに急いでるわよっ!」


怒りくるった人の群れは、あっという間に、船にハシゴをかけて、のぼりはじめる。それとほぼ同時に、やっと船にエンジンがかかった。


「これでひと安心。ですよね」


船はこのまま、岸をはなれて、ハシゴをのぼっている人はあきらめておりていくと思った。だけど、肝心の船が、港をはなれていかない。ガタガタと、ふるえるようにうごくだけだ。


なんだと思って、したを見下ろすと、ロープがうまく切れずに残っていた。右側から、ナーニャのするどい視線を感じていたかった。


「もう、何やってんのよっ。仕方ないわね」


ナーニャはそう言いながら、するすると、船を下りていった。


「ナーニャ、危ないよ!」

「誰のせいよ、まったく、もう。心配しないで。こういうドタンバには、あなたより慣れてるから」


ナーニャは弓矢や石が投げつけられるのをひょいひょいとかわしながら、ロープをプツリと切った。船がブオーンと動きだす。


「このバケモノ!」


そんな怒声とともに、投げつけられた、大きな石が、ナーニャの頭にあたった。ナーニャは気をうしなったようで、ふらふらと海のなかへ落ちていく。


ただでさえナーニャは泳げないのに、このまま放っておいたらまずい。ぼくはとっさに海のなかへとびこんだ。というか、テングさんに背中をドンっとおされた。


ぼくは突然のことに、バランスをととのえるヒマもないまま、まっさかさまにナーニャのもとへおちていった。見上げると、テングさんは、満足そうにいった。


「カッパをわざわざ仲間にいれたのは、水のなかが得意だからだ。もし、その役目がはたせないのなら、つれていく意味はない。でも、おまえは、カッパはできるだろう?」


ぼくは急いで海にもぐった。ナーニャはどこだ。こうやって、泳いでいる間にも、船はどんどん、ぼくとナーニャから、遠ざかっていく。はやくしなければ。


ナーニャは、じたばたと、ぼくに向かって泳ごうとしていた。けれど、そうやって動くのが、逆に、どんどん沈むのをはやめてしまっている。ナーニャの顔は、どんどん青くなっていって、ぼくはあせった。


ナーニャを抱きかかえて、海の外へ顔を出した。船は、思ったよりはなれたところまで行っていなかった。ナーニャを助ける時間が、長く感じただけだった。


ナーニャは、おぼれ疲れて、ぐったりとしていた。どうしよう、ぼくのせいだ。泣きそうになったけど、いまやるべきことだけを考えるようにした。とにかくはやく戻ろう、そう思って船へと向きを変えたその瞬間、何者かにぐさりと肩を切られた。


油断した。人間だ!

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