第2話飼育員のオジさんと四角い窓

 その日はあいにくの雨模様でしたが、お昼にイワシとキノコの炊き合わせをいただいてから、アシリは雨をよけて、屋根のある建物のひさしの下で昼寝の準備をしていたのでした。

 すると、夜になると動物たちが戻される部屋の掃除をしていると思われる飼育員さん二人が、何やら強い調子で話しているのが聴こえてきます。

「どうしてあんな傷みかけの魚を使ったりしたんだ?!あれは昨日捨ててくれるように頼んでおいたじゃあないか!」

いつもは優しく毛づくろいをしてくれるおじさんの声でした。続いて、最近よく見るようになった、少し若いお兄さんが答えます。

「まだ大丈夫そうだったので、もったいないかなと思いまして、最近は気温も下がってきましたから」

「あの子らにはゴハンぐらいしか楽しみは無いじゃあないか。ずっと檻の中に居るんだから、せめて新鮮な食いつきの良いものを出してあげようよ」

おじさんは少し落ち着いた様子で、若い飼育員さんに話すのでした。

 アシリはそのやり取りを聞きながら、自分がオリの中に居る事の意味や、そしてゴハン以外にも楽しいことが有るらしいことなど、カラスのお婆さんに聴いてみようと、お昼寝をして待つことにしたのでした。


 カアアアァカアアアァカアーー!!

 お婆さんの高らかな笑い声が動物園じゅうに響き渡ります。落ち込んでばかりのベンガル虎さんですら、何だろう?と首を持ち上げる程ですから。

「言ってることはまともだけどねぇ、アンタたちを檻に入れて、見せ物にしていることの罪を感じているんじゃないのかね。もちろん色んなワケがあって、保護されるモノも居るだろうけどさ」

「このオリっていうものは、良くないものなのかな?」

 アシリは少し戸惑いつつ、聞いてはいけないことが、世の中には有るのかも知れないと、思うのです。

「ちがうのさ、人間たちは自分たちが、オリの中で暮らしているようなもんだと、キュウクツな暮らしを我慢している事を、アンタたちに映す事で、気をまぎらせているんだ。しかも人間たちと来たら、自分たちから進んで、オリの中と同じような、不自由な世界に、安心を求めて入りたがるのさね」

 少しむずかしいハナシになると、アシリはお尻がカユくなってくるのです。

「自由に動き回れるのに、不自由で居たいのは何でなんだろう?安心ていうのはそんなにオイシイものなの?」

カラスのお婆さんは、それでもなぞなぞのようなお話を続けるのです。

 「なにしろあいつらときたら、誰かが食べてるゴハンの絵を見ながら、食べた気持ちになったり、誰かがしているゲームを、眺めながらまるで自分が勝ったかのように、その気持ちをまた誰かが、同じように感じていると思いこむことで、仲間はずれになっていないかって、不安をやわらげているんだよ。」

 アシリの耳がピクリと動きます。

 「それは、あの四角い窓のことを、言ってるんだね!あの窓には、そんなにたくさんのものが、はいっているの?」

 「あの中には、手っとり早い目先の欲が、いっぱいいっぱい入ってるんだ、そのために人間たちは、本当の欲望や自由ってやつを、あの窓の向こうに居る奴らに、売り渡しちまってるんだよ。」

 あの四角い窓の中に、自分が吸い込まれていくような、怖い想像がアシリのアタマにいっぱいになります。おまけにお尻がかゆくてたまりません。

 「それでも人間は、あの四角い窓が大好きなんだね、どうしてもあれを手放すことは、出来ないようだもの。きっとたくさんの秘密があの中に、隠されているんだろうね。」

 カラスのお婆さんも、むずかしい話に少し疲れて、お腹も空いてきたのです。それでも好奇心に目を輝かせているアシリを、優しく眺めながら、話を聴いています。

「お婆さんはまた公園のレストランだね、いつかボクも公園にいけるんだろうか?」

 カラスのお婆さんの瞳が、少し淋しそうにかげります。お前は本当は公園から、ここへやって来たんだ。心の中で、そうつぶやいてみせるのです。

 「きっと公園に行ける日が来るよ、ブランコやらすべり台で遊んで、泥にまみれて、遊べるんだ。」

 「ボクはブランコに乗りたいんだ!どうしてだかボクはブランコに乗ってみたいんだ!」

 どうしてアシリは見たこともない、ブランコを知っているのでしょう。そして、アシリが公園からやって来たという、お婆さんの言葉は、どういう意味でしょう?

 そろそろ夕御飯の時間です。カラスのお婆さんも、とうにふもとにある公園に、向かってしまいました。アシリはその良くきく鼻で、どうやら今日は、鶏のモモ肉のクリームスープのようだと、ペロリと舌を回してみせるのでした。

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タヌキの昼寝 @rolly0609

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