タヌキの昼寝

@rolly0609

第1話占い師のカラス婆さん

 暑くて暑くて仕方なかった8月も過ぎて、少しばかりマシになったような9月の昼下がりのことです。小高い丘の上にある動物園では、それぞれ思い思いの格好をして昼寝をしたり、じゃれあったりして過ごす動物たちの姿を観ることが出来るのでした。

 そんななかでもあまり目立たない檻のコーナーに、タヌキのアシリが、ご飯の時間を終えてウトウトしながらまどろんでいたのでした。ちなみに、彼のアシリという名前は、アイヌ語で「新しい風」を意味するそうです。詳しい由来などは後ほどに。

 それまで鼻をヒクヒクさせながら、コクりコクりとフネを漕いでいたアシリでしたが、ふいに耳をピクリと動かしたかと思うと、空の一点を見つめて好奇心を動かし始めて、何かを待っているのです。

 ほどなくして、西の方角から、一羽のカラスがアシリの檻を目指して、住宅街の屋根や電信柱を縫いながら、ヒュルウリと近づいてきて、檻の縁のところにトコンととまりました。黒い毛並みにはあまりツヤがなく、あまり若いカラスでは無いようですが、その眼には威厳と鋭さが感じられます。

 「こんにちわ、タヌキの坊や、今日の昼ごはんはどうだったかいね?」

 アシリはその黒い眼を輝かせながら、舌で口のまわりをペロリとひとなめしてから答えました。

 「こんにちわ!占い師のお婆さん、今日は鶏のむね肉と落花生のスープに、デザートはリンゴを半分いただいたよ、暑さもやわらいだから美味しくたいらげたんだ。お婆さんはいつもの墓地の収穫はあったのかい?」

 カラスの婆さんは、鼻をフンとひと鳴らしして、少し眉をしかめてみせました。

「最近は果物なんて傷んじまうもんだから、なかなかありつけないのさぁね。それでも今日は良い具合に熟れたバナナを1本いただいたんだ。これから鳩に餌をやってる人間のいる、川っ淵の公園で仕上げだわいね」

 動物園からひと山越えた先に大きな墓地や、お寺もたくさんあって、そこではお供え物のごちそうにありつけるのだと、アシリは聞いたことがあったので、彼の中では、さながら墓地はレストランのようなイメージに映っているのです。

「それにしたって坊や、お前は何だってアタシのことを占い師だなんて呼ぶんだい?アタシはそんなに学の有る方でもないし、そもそも未来のことになんてトンと関心が無いものさね」

アシリは無邪気にお婆さんを見上げながら、少し考えてみるのでした。そのとき向かいの檻のトラが、ふいに低く重たい声で、うなり声の唄を始めました。太い前肢と長くてよく動く尻尾も、力を失ってダラリと丸まったままに、その眼は空中をさ迷ったままに。

「オウオウオオォグルゥルグルゥルゴォゴォグウグゥ」

おんなじフレーズを幾度もいくどもくり返すのです。

 「可哀想に、ふるさとが恋しくて淋しくて、心をやられちまったのさ、昔みたいにお客にオシッコをひっかける元気も、もうないだろうに」

少し優しさを帯びた瞳で、カラスのお婆さんは言いました。

 「生まれ故郷のインドの森の景色を唄っているんだって、おとなりのアナグマさんが教えてくれたよ。やっぱりお婆さんは、何でも知っているんだね。僕のことも、ここに来たときから知っているようだし、外の世界の話も教えてくれる、だから占い師さんなんだな!」

 隣ではアナグマのお爺さんが、眉をひそめてお婆さんを見ながら、あまり良い顔をしてはいません。

「なにが占い師だって?さんざん悪さばかりはたらいてきて、いまさら何だって偉そうにね。タヌキの坊やは世間知らずにもほどがあるもんだ」

 お婆さんは、そんなアナグマさんの小言もきちんと耳にしながら、フフンと鼻をひと鳴らしさせます。

「いいかい坊や、長生きしてまわりのことを沢山知っているだけのことは本当は大事なことじゃあ無いんだよ。自分のことをよく知りたいから、まわりから沢山教えてもらうことが、本当の勉強ってもんだよ」

 「お婆さんは自分ことは知らないの?」

 「そうだねぇ、知りたいということが好きだってことだとしたら、アタシは何も知らないのと同じかもねぇ」

 「難しいことはわからないんだなぁ」

 「それでいいんだよ、いつかきっと誰かを喜ばせることの出来る本当の知恵を身につける日がくるものだからさ」

アシリは大きな瞳を更に見開いて、クビをかしげてみせるのでした。

 「さてと、アタシはまだ小腹が空いてるってもんだ。川沿いの公園で鳩のゴハンを横取りしに行ってくるかね」

黒い羽根をひと振りしたお婆さんの眼に、少し意地悪な光が差すのです。

 気がつくとお日様は早くも西の向こうにある丘に、影を落とし始めているのです。アシリはお婆さんの言う、公園というものが気になって仕方ないのです。そこでは、この動物園にやってくる色んな大きさの人間たちが、思い思いの遊び方で過ごす場所なんだろうな、という程度でしかありません。

 なにしろ人間たちと言ったら、あの小さな四角い窓を持っているのですから。強いヒカリや赤いヒカリ、そんなものを放つあの窓をのぞき込んでは、笑ったり驚いたり、不思議なあの人間たちを、アシリはもっと知りたいと思うのです。

 いつの間にか、占い師のお婆さんは居なくなって、タヌキのアシリも、お昼寝のつづきをもうちょっと、と丸めた背中の毛に顔をうずめるのでした。

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