第3話 恋のトラウマ【前編】

「じゃあな」

「おう、また明日な」

俺は、友達である斉藤光希さいとうこうきに別れを告げ、家のドアを開けた。

そして、自分の部屋に入るなり、机の上にリュックを投げ捨て、ベッドに飛び込んだ。いつもなら、制服のままベッドに寝転がるなんてことは絶対にしないのだが、今日はどうしても着替える気にはなれなかった。さっきの会話が原因だ。

俺は、ベッドに身を預けながら、ついさっき家の前で光希と話したことを思い出す。


『お前まさか恋愛にまだトラウマ残ってんのか?』

『あぁ、ちょっとな』


本当のことを言えば全然ちょっとどころじゃなかった。かなりだ。

この手の苦い思い出は、一度思い出すだけですべての出来事が鮮明に思い浮かんでしまう。もう二度と思い出したくはないと思い、記憶にふたをして思い出さないようにしていた。しかし、そんな俺を嘲笑あざわらうかのように、そのふたはいとも簡単に開かれ、俺の頭のなかにはその時の光景がはっきりと映し出されていた。


恋愛がトラウマになったのきっかけは、4年前の紅葉が赤く色づき始めるまだ秋になったばかりのときに始まったことだった。



              4年前(中1の秋)


俺は今日、中学1年生まで,つまり13歳の生涯しょうがいにおいて、人生初となる告白を受けた。答えはもちろんオッケーに決まっている。

つまり、俺に初めて彼女ができたのだ。

いま、誰かがそんなわけがないと言ったような気がしたが気にしないでおこう。


鼻歌交じりで家に帰りながら、その時のことを思い出す。


昼休み、クラスメートとサッカーをするため、みんなでグラウンドに行こうとしているときのことだった。後ろのドアから廊下に出ようとした瞬間、誰かに袖を掴まれた。驚いて後ろを振り向くと、そこではクラスだけでなく、学校の中でも特別な存在に認定されている人物のひとりである月本千夏つきもとちなつが俺の袖を掴んでいた。


月本は、いわゆる一軍と呼ばれる華やかな女子が集まるグループに属しており、さらに読者モデル,いわゆる読モというものもやっているらしく、クラスのみんなからも一目置かれている存在だった。


読者モデルをするぐらいなのだ。その恵まれた容姿は、誰もが眼を見張るほどのものだった。肌は白く、きれいに染め上げられた茶色い髪とよく引き立て合っている。それに加えて、スラッとしたモデル体型と少し幼さの残る可愛らしい顔立ち。まさに、この世の男子の理想に対して、どストライクの女子だった。


そのため、男子からの人気も凄まじく、中3の先輩のみならず、高校生からも告白を受けるほどだという。まぁことごとく振っているらしいが…。時折、話題の一部としてそういう話を聞いていたからか、とてもじゃないが近寄りがたく、俺はあんまり話したことがなかった。


「月本さん?」

不思議に思っていると、一緒に行こうとしていたクラスメートが何やらこそこそ話しをして、「先行っとくぞ、ちゃんと来いよ!」とだけ言ってにやにやしながら先に行ってしまった。

「おっ、ちょっ…待てよ!何なんだあいつら?」


頭の上にはてなの文字を浮かべていると、再び月本に名前を呼ばれた。後ろを振り向くと、月本が緊張しているような引きつった顔でこちらを見上げていた。

「今日さ、放課後、校舎裏に来てくれない?」

「え、なんで?」

「とにかく来て!」

とだけ言って、教室の中央で一つの机をかこみながら何人かでかたまって話している女子の集団の中に混ざってしまった。俺は全く意味がわからず、首をひねっていた。

(俺、月本になんかしたかな?)


月本と話していたからだろうか、気がつくとクラス中の男子の視線が、俺に向かって集中していた。少し気まずくなり、教室から逃げるようにして、急いでグラウンドに向かった。


そのあとは、特に変わったことはなく放課後になった。日直の仕事を急いで終わらせ校舎裏に行くと、そこには月本が一人で待っていた。気のせいだろうか。心なしか顔がちょっと赤い気がする。寒さのせいかもしれない。

「ごめん、ちょっと遅くなった」

「ううん、私もいま来たところだから」

気を使ってくれているのかもしれない。

しばらくして、意を決したように月本が口を開いた。


「小野山のこと、ずっと好きだったの、だから、う、うちと付き合ってくれる?」


最初は言葉の意味がわからず、ただ呆然ぼうぜんとしていた。ウチト、ツキアッテクレル?

しばらくして、その言葉の意味を理解した途端に、自分の顔が熱くなるのがわかった。まさか月本が自分に対して好意を持っているとは思わず、そういう場合を想定していなかったからだ。告白という経験自体が初めてだというのもあるが。

俺は心拍数がどんどん上昇していくのを感じ取っていた。耳元で自分の心臓の音が聞こえた。


「えっと…なんで俺?」

気づけば疑問をそのまま口にしていた。

「それは……小野山明るいし、優しいし、ふ、ふつーに、イ、イケメンだし…」

「えっ、マジで?!」

自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。まるで顔だけが炎で覆われたみたいだ。


「ーーーーッ!!!」

自分がいま言ったことを頭の中で反芻はんすうしたのだろう。月本の顔が、漫画ならばカァーッという効果音がつきそうなほど一気に真っ赤になった。それを隠そうとして手で顔を覆っているが、隠しきれていない耳が真っ赤なままむき出しになっている。


その恥ずかしさを隠すためか、顔を手で覆ったまま下を向き、「へ、返事は?」と、催促を入れてきた。


俺は、少し心を落ち着かせ、答えを出した。

「もちろん、俺なんかで良ければよろしくおねがいします」

そう言うと、月本がバッと顔を上げてこちらを向き、目を丸くして言った。

「え?ほんとにうちなんかでいいの?」

危うく、なんで告ってきたんだよと、ツッコミを入れそうになったのをこらえ、

「月本だったら、誰にだって自慢できるでしょ」

と答えた。この瞬間、俺と月本は恋人関係になった。


ちょっと気障きざすぎたかもしれない。だが、このときは、そんなことは気にならないほど舞い上がっていたんだ。許してくれ。


そして、半ば意識朦朧いしきもうろうとしながらも、学校を出て、今に至るという事だ。


結局、その日は家に帰ってからもほとんどをにやにやしながら過ごした。

一つ気になることといえば、母親にキモいと言われたことくらいだろう。

ていうか、愛する我が子に向かってキモイはひどくないか、キモイは!

初めて彼女できたら誰だってにやにやするだろ!するよな?!

ちなみに、その日はめちゃくちゃぐっすり眠れた。



                翌日


次の日は、いつもよりも早く目が覚めた。朝食で出されたトーストをカフェオレで流し込みながら、昨日よりも冷静になった頭で思い出していると、昨日は抱かなかった不安があるということに気づいた。


それは、クラス,いや学校中のマドンナである月本に、好意を寄せている人々のことだ。高校生にまで告られるような月本のことだ。おそらく、月本のことを想っている人の数は計り知れないだろう。それを、今まで全く眼中になかったただのうるさい男子に突然奪われるのだ。絶対色んな人を敵に回してしまう。もしそうなったら俺は耐えきることができるだろうか…。


それに、いつも昼休みに一緒に遊んでいる畑山賢人はたやまけんとの反応も怖い。なぜなら、賢人は月本に告白して振られているのだ。しかも、それを何人かで一緒に煽ったのは、ほかならぬ浩介自身なのである。

だってあいつ全然イケメンなんだもん、誰だって行けると思うじゃん!


それに気づいて、心の底から憂鬱ゆううつな気分で学校に登校した。

しかし、周りの反応は意外なものだった。


学校に到着し、下駄箱で靴を脱ぎ、上靴を履いていた。すると、横で靴を脱いでいた俺のクラスメートでもあり、昼休みによく遊んでいる友達の一人でもある横山雄平よこやまゆうへいが横腹を指で突いてきた。

「いてーな、おいやめろ!」


ちなみに、こいつは髪をツーブロックにしていて、笑うときに白い歯を出すのが特徴だ。さらに、バスケ部に入っているからか背も高く、まあまあ筋肉質なやつである。聞いたところによると、筋肉の密度が高いとかで筋肉がそれほどついていなかったとしても、力がめちゃくちゃ強いらしい。そういえば、まだ雄平と仲良くなる前の体力測定で握力を測るとき、ひとりだけ異常な数値を叩き出していたような気がする。要するに運動神経抜群うんどうしんけいばつぐんってことだ。羨ましい限りである。絶対にモテそうなのに、お調子者という性格のせいで、全くモテないという残念な生き物である。


俺がそんな事を考えていると、雄平が指で小突くのに飽きたのか、突くのをやめて聞いてきた。

「なあ、昨日オッケーしたのか?」

俺はつかれた横腹をさすりながら、驚いて聞き返す。

「え?なんで知ってんの?」

「は??」

雄平は意味がわからないという面持ちで、口をあんぐり開けていた。


しばらくして、やれやれと大げさに首を振り、あきれたような素振りを見せながらこう言った。

「まじかよお前、鈍感にもほどってものがあるだろ」

「マジどゆこと??」

「雄平、諦めろ。そいつはそういうやつなんだ」

話していると、いつの間に来たのか、これまた、友達のうちの一人である豊村隆とよむらたかしが話に入ってきた。朝一番にひどい言い方である。


隆はメガネを掛けている頭が良いやつだ。短く切った髪と長い脚で背が高く見えるが、実際は俺とよりちょっと高いくらいだ。性格がいい上にこのスタイルなので、 モッテモテの中学校生活を送っている。

こいつを見るといつも思うが、足が長いっていいよな。俺も足が長ければなぁ。

あ!別に俺が短足だってわけではないぞ!!!


ふたりの言っている意味はよくわからないまま、とりあえず3人で教室に向かった。そのあいだ、ふたりはずっとこんな調子だった。


しばらく教室で談笑していると、今会いたくない男ナンバーワンが教室にやってきた。しかし、俺の予想とは裏腹に賢人は俺を見つけると、小走りでこっちへやってきて、意気揚々と話しかけてきた。

「浩介、放課後なんて返事したんだよ」

「お前ら一体どこから情報仕入れてるんだ!!?」

もしかして、俺が無意識のうちに言ってたりしてるのか?


でも、いまはそんなことは、どうでもよかった。一応、確認のために質問をしてみることにした。

「てか賢人は嫌じゃねえの?」

「?なにが?」

「なにがって、賢人,この前月本に…その、フラレただろ?」

若干の気まずさを感じながら言うと、賢人はニヤーっと不敵な笑みを浮かべて言った。

「俺は割り切るのが早い男なんだぜ!」

「1121÷3は?」

「え?えーと、って割り切るの早いってそういう意味じゃねえ!!!ていうかそれじゃ割り切れねえ!」

いつもの調子に見える。

この前はめっちゃ落ち込んでたのに…やっぱり賢人はいいやつだと改めて思った。


賢人は髪型をセンター分けにしていて、性格とノリが誰よりもいい。そのため、とても親しみやすく友達がとても多い。顔は平均的だが、その割にはモテる。たぶん性格のおかげなんだろうな。


「浩介、なんか失礼なこと考えてる気がするんだが…」

「いや賢人はやっぱりいいやつなんだなって」

珍しく本音をもらしてしまった。

「俺、今日傘持ってきてないんだけどぉー」

「やっぱ訂正するわ」

「あ、スンマセン」

賢人とはこんな感じの軽いやり取りをすることが多い。あんまり気を使わなくてもいいから、話をしていて楽だ。


「で、どうなんだよ?」

いままで、賢人と俺のやり取りを聞いていた雄平が聞いてきた。

「いや、まあ…一応オッケーはしたけど…」

「ギャアアアアアアアアアアア」

「うおおっ!?びっくりしたー!」

驚いて声を上げてしまった。

賢人には、少し刺激が強すぎたようだ。


「だいじょうぶか?鶏の断末魔だんまつまみたいな声出てたぞ、今。」

隆が、結構本気で心配していた。傷口に塩を塗るっていうのは、こういうことなんだな。


そんな事を考えていると、雄平が

「まあ、なにはともあれおめでとう!」

と、祝福の言葉をかけてくれた。

俺は、気恥ずかしさを隠すようにうるせとだけ返した。

しかし、その心を見透かすかのように雄平たちは、微笑ましいものを見る目で俺を見つめていた。


それよりも、不思議なことに、クラスだけでなく学校中が昨日のことの知っているようだった。だが、幸いなことに、俺を卑下するような視線はなかった。


それから、俺と月本はふたりで帰るようになった。最初は、何人かの女子も連れ立って一緒に帰っていたのだが、だんだんと全員が何かと理由をつけて、その中から抜けていった。女子って、策士家が多いのかもしれない。


そんな日々が2週間ほど過ぎた頃、いつも通り月本と並んで家に帰っているときのことだ。

付き合い始めてわかったことだが、今まで月本は話しかけづらい称号とオーラのせいで、関わることなどなかった。しかし、話してみると意外にも話しやすい人だった。

人間は話してみないとなかなかわからないものだと思う。月本と話していると学ぶことが多い。


そんな事を考えながら、いつものようにねこがものすごい高さの塀からジャンプしてびっくりしたとか、試しに買ったハンドクリームがめちゃくちゃ良かったとか、そんな他愛もない話をしていると、月本がなんの前触れもなく言った。

「今度の休みさ、一緒にどっかいかない?」

「別いいけど。俺、女子とでかける場所とかわかんないぞ」

「それは私が考えるから大丈夫!じゃあ今週末一緒に行こ!」

「女子に出かけるときの計画考えさせるのは気が引けるけど…なんか楽しみだな」

これはデートの誘いを受けたと思っていいのだろうか。本人が明言していないが。

いや、いいはずだ。


俺は、月本とのお出かけ(デート?)に期待で胸を高鳴らせながら、家の鍵を勢いよく差し込んだ。


                                                                      

                                          

                                後半へ続く

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3軍男子の俺だけが隣の席の3軍女子が学校一可愛いことを知っている たからよもぎ @yomogitakara20008

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